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レポート 230602
レポート課題: 学校行事(校内)を描写せよ
標題: 文化祭
1 南校舎の3階東端、図書室は『聖域』だった。ここには文化祭のバカ騒ぎも侵入してこない。 ――何が面白いんだか。 けだるそうな表情で、彼は図書室のドアを押した。窓から入る朝陽の中、前髪の長い茶髪が明るく輝いている。 文化祭の前日午後と当日1日は授業がない。出席日数の足しにするのにちょうどよかった。行事に参加する気はなかったし、同じクラスの生徒も彼の参加を期待してはいなかった。 ――だけど、まあ、少なくとも平和だってことだな。 昨夜は遅くまでバイトがあって、その帰りを待ち伏せされていた。そいつらは片づけたが、安心できなかったので溜まり場で時間をつぶし、それから安全を確かめて部屋に戻ったのは朝に近かった。 そんな生活と比べれば学校の中は極楽もいいところだ。もちろん、学校が好きだというわけではない。だが、『高校生』であるのとないのとでは、立場が断然違う。それがわかっていたから、敢えて学校内でトラブルは起こさない。追い出されないように程々にやっていた。 ――ちょっと寝ておくか・・・。 彼は書庫の一番奧まで行って、書架の間に入り、突き当たりの壁際に腰を下ろそうとした。だが、そこには綿埃と砂埃がたまっている。しかたがないので、掃除用具入れから箒を取り出し、必要最低限の範囲をきれいにすることにした。 ――なんでオレが・・・。 しかし、とにかく場所は確保した。彼は本を座布団代わりに床に置くと、膝を抱えて座り込んだ。 すぐに、全身に眠気が広がった。 ――昔、よくこんなふうにしてたんだ。 ここに昼寝に来ると、施設で過ごした子供の頃を思い出した。人前ではゼッタイに泣かなかった。いつも、どこかの片隅で、じっと自分の心を抱えていた。 |
2 ――なんだ? ドアが軽い軋み音を立て、小声と足音が彼の隣の通路に入ってきた。棚板と本の隙間から見えるところからすると、二人はすぐに抱き合ったようだ。『誰もいない場所』を求めてやって来たのだろう。 彼は面倒くさそうに立ち上がって、隣の通路に入った。 「ホーキ、貸してやろうか?」 その声に驚いて腕を放しかけた二人は、そのままの恰好で固まった。片手に箒を持って、いかにも面白くなさそうな顔をして書棚に片肘をかけているのは、『有名な不良』だ。 「遠慮することはないんだ、学校のだから。服が汚れるぜ、そこ。」 そう言って、彼は箒を床に放り出すと、自分のいた通路に戻った。二人はあたふたと逃げていった。 ――・・・ったく。 彼は本の上に腰を下ろし、目を閉じた。遠くで聞こえるざわめきが、ふんわりと身体を包むようで、心地よい。 しかし、すぐに邪魔が入った。男子生徒が数人やって来て、近くで『商談』を始めたのだ。それが、金額とモノをめぐって険悪な状態になってきたらしい。 ――なんで今日は・・・。 いつも誰もやってこないのは、授業があるからだった。だが、なんにせよ、騒動はメイワクだ。彼はまた立ち上がり、形勢不利になっていた一人に声をかけた。 「引き受けようか?いくら出す?」 だが、当然この『商談』も成立しなかった。当事者の一方が、何か曖昧な言葉でもって辞退したからだ。敵対勢力も、それに続いて出ていった。 ――バカじゃねぇのか? 彼は元の場所に戻った。 |
3 またドアの開く音がした。もう無視することにして、彼は抱えた膝に額をつけた。 ――こうやって隠れてると、いつもメリーが探しにきたんだ。 二人はよく手をつないで海まで歩き、ずっと遠くを見ていた。 ――だけどメリーは・・・。 そう思った時、彼のいる通路に誰か入ってきた。彼は眠ったフリをしながら、攻撃に備えた。殺伐とした生活で身についた習性だった。 静かな足音が少し離れたところで止まり、すぐに遠ざかっていくのが聞こえた。それと同時に、また一人、やって来たらしい。 「あいつ、来てるか?」 「うん、でも、寝てたから。」 書庫の入口あたりで抑えた声がする。 ――なんだ、あいつらだったのか。 さっきの足音の主は、フランソワーズ。もちろんあだ名で、フランスから帰ってきて今年の春編入した、いわゆる帰国子女だった。 もう1人は生徒会の副会長だ。義務と責任にうるさい「日本人の皮をかぶったドイツ人」というわけで、ドイツ人みたいにアルベルトと呼ばれている。文化祭実行委員長の役についているはずだ。 「じゃ、そっとしといてやろう。」 書庫の戸が閉まる音が聞こえ、灯りが消えた。彼は二人に感謝して、ゆっくり眠ることにした。書架と壁とでできた直角の部分にもたれかかり、足を投げ出した。現実の音が遠ざかり、眠りと一緒に『記憶』が頭の中に広がった。 ――メリーは死んだんだ。オレのせいで。 施設を出てから、いろんなことがあって、そしてまた巡り会った時には、メリーは・・・。 ――そんなわけ、ない。ずっと会ってないんだ。・・・夢・・・だよな。 |
4 どれくらい眠ったのか、彼は副会長に起こされた。 「おい、島村。いいかげんで起きろよ。」 「何時だ?」 「11時だ。どうせ昨夜から食ってないんだろ? いいもの持ってきたぜ。」 まだ眠かったが、彼は立ち上がった。彼女はいなかった。 「こんなとこにいて、いいのかよ。実行委員長なんだろ?」 「全部手配済み。今日は名誉職の生徒会長でもだいじょうぶさ。オレはヒマなんだ。」 そう言って、副会長は廊下に出て窓の下にしゃがみ込み、袋から蒸しパンとフレンチドッグ、それに缶コーヒーを取り出した。 「料理クラブからの献上品だ。こっちは鉄道研究会の。」 副会長の隣に腰を下ろそうとした彼は、窓の外に気づいた。東館の向こう、坂道のカーブを上がって校門に近づいてくるのは、昨夜の三人組だった。 「しつこいヤツらだ。」 彼に気づいた副会長も、立ち上がって窓の外を見た。 「なるほど。」 副会長は走り出そうとする彼をひき止め、ポケットから腕章を取り出した。『実行委員会・警備』の文字が入っている。 「これが必要だろ。」 1つを彼に渡し、副会長は階段を駆け下りた。 ――なぜ、窓から飛び降りないんだ・・・? 彼はそう思いながら、副会長の後を追った。踊り場まで一気に飛び降り、次は手摺を飛び越えてショートカットする。 校門まで駆けつけた時には、すでにだれか一人、侵入者たちと睨み合っていた。怒りっぽくて喧嘩っぱやい、ジェットと呼ばれているヤツだ。髪を派手に赤く染めている。 ――いつのまに? こいつ、体育館でバンドやってたんじゃないのか? そう思う間もなく、乱闘になった。いつの間にか、相手が増えていた。アルベルトもジェットも、確実に相手を倒していくのだが、黒い衣服に身を包んだ敵の数はいっこうに減らない。 背中に飛行装置を装備した敵が、何体も急降下してきた。充分に引きつけ、わずかの差を見極めて、近い相手から一瞬で全て叩き伏せる。 ――こいつら、打撃にはウソみたいにもろい。 闘っている間、彼には自分の身体が自分のものでないように軽く感じられた。自分が動くと、相手の動きが止まっているように見える。相手の身体に拳が当たると、何か壊れるような感触があった。 やがて、ついに全員を倒した。息をつき、気がつくと、彼一人になっていた。 ――そうだ、蒸しパンが誰かに食われてしまう。 空腹だったことを思い出し、彼は南館3階に戻ろうと、手近の東館入口に入った。東館から南館には抜けられない。いったん北館に回り、そこから連絡通路で南館へ行かなければ。 しかし、文化祭の造作で廊下は真っ直ぐに進めず、人が一杯で、北館へさえ辿り着けない。彼はあせった。早く行かないと。 ――たしか、この階段・・・。 だが、どうしても目指す南館3階へ行く方法がわからない。どの角を曲がっても、見当違いの所に出てしまうのだ。 それに、身体が重い。さっきまであんなに高く飛び上がれたのに。身体が素早く動いていたのに。 ――これじゃ、普通の人間と同じだ。 自分でもヘンだと思った。じゃあ、さっきの自分はなんだったのか。いや、今の自分はなんなのか。 ――それに、眠い・・・。 もう、蒸しパンはあきらめた。彼は階段下の薄暗がりに潜り込んだ。そして、壁にもたれて座り込んだまま、眠りに落ちていくのを感じた。 |
5 誰かが、近づいてくる。 ――もお、今度は、なんなんだ? そう思って、ジョーは目を覚ました。明るい天井が見える。 ――そうだ、ここは研究所だったんだ。 ラウンジのソファに寝転がって待っているうちに、うたた寝をしたらしい。それにしても、妙に混乱した夢だった。 ――この間バッタリ彼女に会ったから、かな。 だから、忘れていたあの頃のことを夢に見たのか。ジョーは、先週ホテルで偶然出会った彼女の、年齢相応の姿を思い浮かべた。それは、自分から奪われた『当たり前の人生』の象徴だった。 フランソワーズがそっと覗き込んで、にっこりした。 「おまちどうさま。・・・どうかしたの?」 「あ、いや、なんでもない。」 ――だけど。 ジョーはフランソワーズの瞳を見上げ、起きあがりながら、思った。 ――いいんだ、『当たり前』でなくても。 |
「先週ホテルで偶然出会った彼女」については、レポート041100と、その補足資料を参照のこと。 あとがき 登場人物に名字をつけてみたりして。フランソワーズ野口、アルベルト池下、岡林ジェット、とか。お馴染み営業さんの名前から拝借。 |