THE JACKDAW
おしゃべりカラス
トム・ムーアはサックビル通りでリンネルを商っていた。亡くなった父親が、たっぷりの財産と素晴らしく繁盛する店を残していた。
ある日トムが戸口に立っていると、田舎親爺がコクマルガラスの巣を抱えてやって来た。そうして彼に声をかけた。「旦那、カラスの巣はいかがで?」 「いや、いらんよ。」 「旦那、」その親爺が答えて言った、「ほんとにお安うしときますで、巣まるごと9ペンスで結構で。」 「カラスはいらん、」トムは言った、「とっとと向こうへ行きな。」
親爺が立ち去りかけると、カラスが一羽首をつきだして鳴いた。「モーク、モーク。」 「なんだと、」とトム・ムーア、「あいつは俺の名前を知ってるじゃないか。おい、親爺、その鳥はいくらだ?」 「へえ、3ペンスで。」 トム・ムーアはそのカラスを買い、鳥籠をあつらえて、店の中につるした。
店の職人たちはこの鳥が大いに気に入り、よく鳥籠の底を指で叩いてはこう言った。「誰? 誰? サックビル通りのトム・ムーア。」
まもなくカラスはこの言葉を覚え、食べ物や水が欲しいときには、嘴で鳥籠を叩いて、白目をむき、首を傾げては声をあげるのだった。「だれ? だれ? サックビルどおりのトム・ムーア。」
トム・ムーアはサイコロ賭博が好きで、大金を失うこともよくあった。自分の留守中に店の仕事が疎かにされているのを知ると、家の食堂の片隅に賭博台を設けて、そこで楽しもうと友人連中を招いた。
この頃にはカラスも馴れていたから、鳥籠は開けっ放しにしてあり、カラスは家中をぴょんぴょん飛び歩いていた。カラスは食堂へ入ることもあったが、そこでは紳士方が賭博の最中で、そのうちの一人が常に勝つので、皆はしょっちゅうこう言った。「畜生、なんてやりようだ!」 カラスはその言葉も覚え、前に覚えた言葉に付け足してしゃべるのだった。「だれ? だれ? サックビルどおりのトム・ムーア。ちくしょう、なんてやりようだ!」
トム・ムーアは賭博で何度も擦り、商売もないがしろにしたので、破産してフリート監獄に入れられた*1。彼はカラスを一緒に連れて行き、友人たちに金を出してもらって旦那衆向きの部屋で結構な暮らしをしていた。「どうしてここへ?」と尋ねる者が時々あった。すると彼は両手をあげて答えたものだ、「悪い仲間でさぁ、まったく。」 カラスはこれもやはり覚え、それまでの言葉の後ろにつけて、こういうのだった。「どうしてここへ? わるいなかまでさぁ、まったく。」
友人たちは死んだり外国へ行ったりしてだんだんと頼るべき者がなくなったから、トム・ムーアは一般用の部屋に移った。監獄熱がすぐに彼を襲った*2。そうして、藁の寝床に横たわり、最期の時を迎えようとしていた。かわいそうに、カラスはもう2日も飲まず食わずだったから、トムの足元に来てクチバシで床を叩いて声をあげた。「だれ? だれ? サックビルどおりのトム・ムーア。ちくしょう、なんてやりようだ! どうしてここへ? わるいなかまでさぁ、まったく。」
トム・ムーアは耳を傾けていたが、カラスの言葉に胸を打たれ、これまでのことを振り返って泣いた。「神よ、俺は何というところまで落ちぶれたんだ! 親父は死ぬときに充分な財産と繁盛する店を残してくれた。それなのに、身代を食いつぶして店まで駄目にしてしまった。そうしてこんな忌まわしい牢獄で死んでいくんだ。しかもご丁寧に、この可哀想なやつを餌もなしで閉じこめてしまうのか。死ぬ前に、一つくらい真っ当なことで頑張ってやろう、こいつを自由にしてやろう。」
彼は力を振り絞って藁布団から這い出すと窓を開け、カラスを外に出した。ちょうどテンプルから飛び立ったコクマルガラスの群れが監獄の上を過ぎるところで、トム・ムーアのカラスはその中にまぎれた。
その頃、庭師がテンプル*3の庭園に花壇を作っていたが、昼間やったところを、そのたびに夜にはカラスが引っこ抜いてしまうのだった。銃を持ってきて撃とうともしたのだが、カラスは利口で、いつも空洞の切り株に見張りを一羽置いていた。そうして、銃を構えるとそいつが「モーク!」と鳴き、みんな飛び去った。
庭師たちは人に勧められて網を手に入れた。初めて網を張った夜、十五羽がかかった。その中にはトム・ムーアのカラスもいた。
庭師の一人がその網を空き家の屋根裏部屋に運び込み、出入り口と窓をしっかりと閉じておいて、カラスを網から出した。「どうだ、」と男は言った、「黒いごろつきども、仕返しだ。」 そうして手近の一羽を捕まえると首をひねり、放り投げて大声で言った、「ほれ、一丁上がり。」 トム・ムーアのカラスは、庭師の見ていないうちに部屋の隅の梁に飛び上がり、二羽目が捕まったときに大声を出した。「ちくしょう、なんてやりようだ!」
男は驚いて叫んだ。「確かに声が聞こえたんだが、この家に人は住んでないし、入り口は閉めてある。気のせいだろうよ。」
そうして三羽目を捕まえ、その首をひねるやいなや、トムのカラスがまた言った、「ちくしょう、なんてやりようだ!」 男は手にしたカラスを落として、声のした方を向いた。そうして口を開けたまま相手を見ていたが、こう怒鳴った、「誰だ?」 カラスはそれに答えた、「サックビルどおりのトム・ムーア。サックビルどおりのトム・ムーア。」
「悪魔め、どうしてここへ来やがった?」 トムのカラスは翼を持ち上げて答えた、「わるいなかまでさぁ、まったく。わるいなかまでさぁ、まったく。」 男は震え上がって、ドアを開け、階段をころげ降り、外に飛び出した。カラスはみんなそのあとに続いた。こうして、彼らは自由を取り戻したのだった。
*1 フリート監獄 (the Fleet)
債務者監獄の一つ。ロンドンに1844年まであった。
債務不履行者は債権者の訴えにより債務者監獄に収容された。十九世紀のイギリス小説には、しばしば登場する。文豪ディケンズの父親も一時マーシャルシー債務者監獄で過ごした。
刑務所とは異なり、「部屋代」など生活は自費でまかうことになっていた。面会も、家族と一緒に住むこともできた。返済ができないために何年も監獄で生活する例もあった。
*2 監獄熱 (jail gistemper)
発疹チフスのこと。混雑した不衛生な場所ではしばしば発生した。
*3 テンプル (the Temple)
ロンドンの中心部、旧市街にある地区。法律関係の事務所が集まっていた。
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