Monthly
Special * April 2005 Dante Gabriel Rossetti |
|
天国の乙女 祝福をうけた乙女は 天国の金の城壁から 身をのりだしておりましたが、 その瞳は 夕凪の海の 深みよりも深い色、 手には三本の百合を持ち、 髪に飾った星は 七つでありました。 留め金から裾まで、帯なしの衣には 花の刺繍などひとつもなく、 ただ 聖母様からいただいた白薔薇だけを、 仕える身に相応しくつけておりました。 背中に垂らした髪は 刈り入れ時の小麦に似た黄金色をしておりました。 乙女には 神に仕える歌い手となって まだ一日も過ぎてはいないように思われて、 物静かな顔から まだ驚きが消えてはおりませんでした。 乙女の一日は 後に残してきた人々にとっては 十年にあたったのでありますけれど。 (僕にとっては、数え切れない年月。 ...だけど、今、ここで、 確かに彼女が僕にからだを寄せた――髪が 僕の顔一面にかかって... いや、ちがう。秋の落ち葉だ。 一年がたちまち流れていく。) 乙女が立っていたのは、 神の館をとりまく城壁の上でありました。 宇宙が始まる はるかな深みの上に 神が築かれたもので、 あまりの高さに、そこから見下ろしても 太陽さえ しかとは見えないのでありました。 城壁は天国にあって、天空の海に 橋のごとく架かっております。 ずっと下の方、この地球が むずがる小虫のくるくる舞いをしているあたりでは 昼と夜とが潮になって 虚空に 炎と闇の波を立てております。 乙女のまわりでは、恋人たちが再び出会い 不死の愛を称えつつ、 互いの心に焼きついた名を呼びあって いつまでも語らうのでありました。 また 神の御許へと昇りゆく魂がいくつも 淡い炎のように通り過ぎるのでありました。 乙女はなおもいっそう身をかがめ 天国をとりまく結界から身を乗り出しましたから、 ついにはその胸が 寄りかかった手すりをも 温めたにちがいありません、 百合の花は 曲げた腕にかかって 眠るかのようにぐったりとなっておりました。 『時』が鼓動のごとく宇宙を揺さぶるのを しっかりと動かぬ天国から 乙女は見ておりました。そうしてなおも見つめ、 その視線は 宇宙の深淵に一筋の道となりました。 そうして乙女は 星々が空で歌うときのように 物語るのでありました。 今や太陽は退き、三日月が くるりとした 小さな羽根のように 深淵の底で閃いておりましたが、そのような時、 乙女は穏やかな空に語ったのでありました。 その声は 星々がみんなして 歌うのに似ておりました。 (ああ、なんて! 今でもあの小鳥の歌に寄せて 彼女が僕に声を聞かせようと しているのでは? あの鐘の音が 真昼の空気に満ちる時、彼女の足音が こだまする階段をはるばると 僕のところまで 降りてこようとしているのでは?) 「あなたが来ていたらいいのに、 きっと来たがっているのだもの」乙女は言いました。 「天国で私は祈っていないでしょうか?――地上で、 主よ、主よ、あの人は祈っていないでしょうか? 二人の祈りでは 力が足りないのでしょうか? 私は畏れなければならないのでしょうか? 「あなたが頭に聖なる環を戴き 白い衣に身を包んだなら、 その手を取って行きましょう 深いひかりの泉まで、 流れまで降りて 神が見守られる中で 身を清めましょう。 「二人であの聖堂の傍らに立ちましょう、 隠された、禁断の、人の入らぬ聖堂の 灯火は 神の御許へと昇りゆく祈りで いつもゆらめいていて、 そこで私たちの古い祈りが叶えられ 小さな雲になって一つずつ消えていくのを見るの。 「私たち二人であの生命の木の 木陰で 横になりましょう その秘密の茂みには ときおり 鳩の姿した聖霊の気配がして、 その羽根が触れるごとに 木の葉は主の御名を呼ぶの。 「そうして私があなたに教えましょう、 私が、そんなふうに横になって、 私がここでうたう歌を教えましょう。歌いながら あなたの声は途切れて、静かにゆっくりと、 途切れるたびに何かがわかり、 これから知るべきことがわかるでしょう。」 (ああ! 私たち二人って、君はそう言うんだね! 確かに、昔、君は僕とひとつだった。 だけど神はこんな魂を 永遠の結びつきへと引き上げ給うだろうか? 君の魂と同じなのは 君を愛しているということだけの魂を。) 「私たち二人で、」乙女は言いました、「森を探しましょう 聖母様をたずねて、 聖母様は五人の侍女といらっしゃる、その名は 五つの甘い響き、 セシリー、ガートルード、マグダレン、 マーガレット、それにロザリス。 「五人の侍女は環になって座り、髪は束ねて 額に花の冠、 黄金色の糸を 炎と輝く白布に織っているの、 死んで新しく生まれたばかりの人たちに 誕生の衣をこしらえるため。 「あなたはたぶん、畏れで口がきけなくなってしまうから 私がこの頬を あなたの頬につけて、 私たちの愛のことをお話しするわ、 恥ずかしいことも弱かったこともなかった愛のことを。 そうすれば聖母様は 私の誇りをお認めになって、話をさせてくださる。 「聖母様ご自身が、手を取って、私たちを 主の御許へ連れて行かれるでしょう、 あらゆる魂がまわりに跪き、数え切れぬほど居並ぶ人々が 後光を戴いた頭を下げる、主の御許へ。 そこで私たちを出迎える天使たちが 琵琶や竪琴に合わせて歌うでしょう。 「私は主イエスに 二人のためにこれだけのことをお願いしましょう―― かつて地上でそうだったように 愛とともに生きることだけを――地上では 束の間だったけれど、今度は永遠に 二人が一緒に生きることを。」 乙女は目を凝らし耳を澄まし、それから言いました、 哀しいというより穏やかな口調で―― 「それもみんな あなたが来てからのこと。」乙女は黙しました。 その時 光が乙女に向かって走ってきましたが、 それは力強く一直線に翔ぶ天使たちを包む光でありました。 乙女は目で祈り、微笑みました。 (乙女の微笑みが見えました。)けれどすぐに天使たちは 遠い空にまぎれました。 それを見ると 乙女は腕を 金の欄干に投げかけ、 両手で顔をおおって、 泣きました。(その涙の音が聞こえました。) |
Dante Gabriel Rossetti (1828-82) Rossetti については March 2000 を参照のこと。 ロセッティは最初画家としてのみ知られていたが、早い頃(1847年)から詩も書いている。この作品は初期の作品の一つで、 1850年にラファエロ前派の機関誌 The Germ に発表された。 恋人よりも先に死んだ女性が、天国で恋人が来るのを待っている。地上では恋人が十年の歳月を経てもなお彼女の想い出にひたっている。ロマンチックで、ロセッティの詩の中でも特に有名な作品である。 離ればなれの恋人との再会を待ちわびる。やっと来たかと思ったら勘違いで、落胆して泣いてしまう。その状況や気持ちは想像できるが、この詩の場合、再会後に乙女の望むことは、宗教を持たぬ身には実感しがたい。ただ二人が永遠に一緒にいられるというのではなく、そのことを主に認めてもらうことが、また召された魂として仕えることが、喜びなのである。 しかし、後にロセッティはこの詩をテーマにした絵を描いているけれど、その絵は世俗的な印象を与えるので、少しホッとする。 それにしても、ここに言葉で描かれた天国や宇宙の様子は、ロセッティの想像の世界でどんなふうに見えていたのだろう。私が一番きれいだと思うのは、月の描写: "the curled moon / Was like a little feather / Fluttering far down the gulf" |