An End
『CYBORG 009』 勝手に最終回
ほとんどセリフだけです。暇と忍耐力のある方は、お試しください。

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編集会議


瀟洒なマンションの入り口。フランソワーズがタクシーから降りる。

(やっとつきとめたわ。)
(どうして黙って引っ越したのかしら。ずっと、会ってもくれなかった・・・)

最上階。ジョーの部屋の前。ドアの前に立って通信装置で呼びかけるフランソワーズ。

開けて、ジョー。いるんでしょ、わかるわよ。どうして答えてくれないの? 
開けてくれなきゃ、ここで大声出すわよっ。ねえったら!

しばらくして玄関のドアが開く。ジョーが立っている。 
入って。片づいてないけど。

中に入るフランソワーズ。
広いリビングルーム。あまり多くない引っ越しの荷物が、ほとんどそのままおいてある。

片づけるの、手伝うわ。 いいよ、オレ出てくから。
上着をとって出ていこうとするジョー。 

どこに行くの? 
フランソワーズ、ジョーの腕をつかまえる。

はなしてくれないかな、フランソワーズ。キミに怪我させるわけにはいかないから。

イヤよっ。はなさない。
どうしても出て行くのなら、私の指でも腕でも、引きちぎって行きなさいよ! ・・・・・いったいどうしたっていうの? ここのところずっと変だわ、ジョー。

別にヤキモチやかれるようなこと、やってないよ。
でも、まあどっちにしても、変なヤツとつき合うのは、よしたほうがいいな。

ふざけないでっ。ヤキモチですむようなことなら、わざわざ来ないわ!

思い詰めた表情のフランソワーズ。困った顔をするジョー。


夜になっている。部屋の明かりはついていない。
壁にもたれて床に腰を下ろし、一点を見つめているジョー。
窓から外を眺めているフランソワーズ。

何を聞いても答えてくれないのね。たった3ヶ月なのに、別人みたいだわ。でも

そばに寄ってひざまずき、ジョーの髪に触れようとする。
飛びのくジョー。フランソワーズに背を向ける。

やめてくれ。いいかげんで帰れよ。 

そんなふうにしているあなたを見てるの、つらいのよ。私、あなたを愛して・・・  

向こうを向いたまま。 
オレを人間扱いするのはやめてくれ。 ・・・・・オレはもう人間じゃないんだ。

そんな・・・・・ 
じゃあ私だって同じだわ。でもジョー、体はどこも変わったところないじゃない。

透視したって、心の中までは見えやしない。 だからそうやって・・・・・

悲しそうなやさしい顔で振り向くジョー。 信じていられるんだ。

しばらく考えて、 いいよ、話すよ。せっかく逃げてきたのになあ。 

逃げられると思っていたの? 

・・・・・そうだね。(そう、逃げられるものじゃないんだ。いつかは必ず・・・・・)


窓際に立ち、フランソワーズに背を向け、外を向いたまま話すジョー。
暗い部屋の真ん中あたりに、フランソワーズがジョーの方に向いて立っている。

これから話すことを聞いて、どうしてもオレが許せないと思ったら、黙って出て行ってほしいんだ。そっちは見ない。引き留めない。だから・・・

そして、もう二度と、会おうなんて思わないでくれ。いいね?

そんなこと、あるはずが・・・・・

・ ・ ・ ・ ・

いいわ、わかったわ。


少し考えてから話し始めるジョー。

1年と少し前にグレートが死んだ。 

ええ、あなたに聞いたとき、言葉にできないくらい、悲しかった。 

グレートの死体は残ってなかった。
次に死んだのは張々胡で、やっぱり跡形もなく消えていた。そうだったね。

ええ。 だから二人とも、お葬式はなかったわね。それに、私たちには似合わないって。

・・・・・変だと思わなかったかい?
死ぬとこ誰も見てないのに、遺体もないのに、どうして「死んだ」ってわかったのか。

そういえば・・・・・

黙ってたけど・・・・・
アルベルトもジェットも・・・・・この1年の間に、もうみんな死んだ。同じように。
残ってるのはオレたち二人だけなんだ。

そんな、信じられないわ、あのみんなが・・・・・ほんとなの?

ほんとうだよ。みんなもういない。 

床に座り込むフランソワーズ。ショックで涙も出ない。 

でも、なぜ知っているの? それに、なぜ黙ってたの? ジョー。

黙ったままのジョー。


しばらくして、やはり外を向いたまま話し始める。

3年近く前、ギルモア博士が死んだ後、イワンがみんなを集めたんだ、キミを除いて。

その時イワンが言った。  この先オレたちにも寿命が来る。
生体部分はもちろん、いくら半分以上機械だって、耐用年数ってものがあるからね。
そりゃ普通の事故では死なないだろうけど・・・・・いつかは必ず死ぬ。

そうかもしれない。

それで、そうなったとき一番問題なのは、NBGに回収でもされたら大変だってことだ。
ヤツらには結局オレたち以上のサイボーグが作れなかったから、オレたちのデータがほしい。

確かにそうでしょうね。でも、最近何事もなかったわ。

向こうもたぶん、オレたちが「ほっておいてもそのうち死ぬ」ことに、気がついたんだ。
うまく死体を手に入れれば、経済的にも、損失はほとんどゼロだよ。

あの首領たちが死んで、オレたちが徹底的に「後かたづけ」をして以来、
NBGの、特に兵器開発部門は弱体化したからね。

ただでさえ人間改造の研究には莫大な費用がかかる。予算のムダ使いはできない。
あいつらも少しは賢くなったのさ。

外には夜景が広がって、星が出ている。

だから、オレたちの誰かが死んだら、NBGが気づく前に他の誰かが駆けつけて、
死体を処分することにしたんだ。

どういうわけか、「オレたちを自由にしておく」ってNBGの方針の方は変わってなかったから。

フランソワーズ、少し笑う。
組織って、そんなものかもね。って言うより、もう余裕もないんだわ、きっと。

たぶんね。忘れてくれたんだったらいいんだけど。

それでとにかく、
誰か死んだら・・・生体機能が停止したら、他のみんなに場所がわかるようにしたんだ。
通信衛星システムの無断借用でね。
みんな記憶用コンピューターに暗号プログラムをインプットした。

フランソワーズ、何回か、意味不明の通信が入っただろ?

私・・・電波障害か何かだと・・・  でもどうして私は?

精神的に耐えられないだろうとイワンが判断したのと、それに、・・・・・

一瞬、振り向きかけるジョー。 どうしたの?  いや、いいんだ。


じゃあ、遺体が残ってなかったのは、誰が・・・・・? まさか、ジョー、あなたがみんな・・・

最初はイワンがやってた。超能力使って。自分で言いだしたから、責任とるつもりだったんだろう。

だけどそのうち精神障害起こして・・・・・ふと回復したとき、オレに言ってきた。
「ぼくはもう死ぬことにしたから、頼む」って。

(オレはキミを恨んだことなんてなかったんだよ、イワン。)

泣き崩れるフランソワーズ。イワンを、まさか、イワンをあなたが・・・?

オレが行ったらもう死んでたよ。たぶん、自分で・・・
せめてもの救いは、あいつは全部生身だから、「死んだのがはっきりしてる」ってことだ。
普通の火葬と変わらない。楽しいことじゃないけど。

すこしだけ、ほっとしたわ。でも

(・・・だから、一人で暮らすなんて言いだしたのね、あの子。)

相変わらず外を見ているジョー。自分に話しかけるように話している。

ジェットは、死ぬ前にオレを呼んだ。ひさしぶりに会って話がしたいって。

急に体にガタが来て、まともに歩くことさえできやしねえんだ、近頃。
コンピューターでカバーしてるけど、生体の脳も機能が低下して、
もういかれちまったようなもんさ・・・・・

それで、どうしてもって言うから、夜中に海まで連れて行ったんだ。そしたら

ジョー、拳を握りしめて震わせている。床に座りこんだまま見上げているフランソワーズ。

そしたら、ジェットのヤツ、そこでオレに「殺せ」と・・・


バカ! そんなことできるわけないだろ。

頼むよ。一度は心中した仲なんだぜ。

イヤだと言ったらイヤだ。そんなにすぐ死にたいんなら、自分でやれよ。
ほら、これかしてやるから。オレ、向こうに行ってるよ。

ジョーはジェットにレーザーガンを渡して去ろうとする。(考え直せよ、ジェット。)

砂浜を這ってジョーを追いかけようとするジェット。

バカはそっちだぜ ジョー! そんなこと、オレだってとっくに考えついてんだ。
だけどな、もうオレの意志が、補助コンピューターの自己防衛プログラムに勝てねえんだよ。
手が・・・・・オレの手なのに・・・・・

ジェット、砂を握りしめて叫ぶ。

どうしてこんなことしやがったんだ! オレは、人間なんだぜ! なぜ機械に支配されなきゃなんねえんだ!

・・・・・こんなボロボロになって・・・・・それでも自由にさせてくれねえってのかよ!
オレは もう死んでるんだ! 何とかしてくれよ ジョー!

立ち止まるジョー。 (オレもいつか同じようになるんだろうな。)


一瞬流れ星が光る。
(ジェットもオレもあの時死んでいたら、こんな思いはしなくてすんだんだ。)

ジョー?

オレは、ジェットを殺した。仲間を、この手で撃った。生きているのに。

エネルギーカートリッジがカラになるまで、トリガーを引きつづけた。
あいつの体、燃えかすみたいになったから、砂浜に穴を掘って埋めた。

悲しいとかつらいとか全然なくて、わりと冷静だった。
自分の頭の中に宇宙が広がっているみたいな、そんな感じがしてたよ。

やめてっ! 聞きたくないわ!

3ヶ月前だった。たぶんその時から、オレは人間でなくなった。

そのすぐ後・・・・・アルベルトの時は、もうちょっとましだったんだ。脳が死んでたから。
機械部分は生きてたけど、あいつそっくりのロボットだと思えば・・・・・

やめてったらっ ジョー! やめないと・・・・・

聞きたくないのなら、出て行けばいい。遠慮しなくていいんだよ、フランソワーズ。

ここにいるのは、キミの知っているお人好しの男じゃない。ただの戦闘用サイボーグなんだ。


フランソワーズ、立ち上がる。 
確かにそうね。私のジョーはそんなずるい人じゃないもの。
こっちを向いて! ちゃんと私を見て! どうしてもできないと言うのなら・・・・・

フランソワーズが部屋の照明スイッチを入れる。
自分の頭にレーザーガンの銃口を当てているフランソワーズがガラスに映る。

はっとして向き直るジョー。 フランソワーズ、何をするんだ!

でも、「やさしすぎる」のは相変わらずね。

私があなたを見捨てられると思っていたの?
何があっても、あなたを愛さないでいられると思っているの?
そんなくらいなら、死んでやるわ。

ちゃんと処分しておいてちょうだいね。どっちみち、2人しか残ってないんだから。

ジョー、がっくりと膝をつく。 頼むからやめてくれ。お願いだから・・・・・

やめてあげてもいいわよ、ジョー。いつものあなたに戻ってくれるなら。

にっこりして。 いいわね? 


10

壁ぎわ。お互い少し離れて床に座っている二人。

不思議だね。オレは数え切れないくらい「人間」を殺してきたけど・・・・・
自分が「人間じゃない」なんて、感じたことはなかった。いつもやりきれない思いだったけど。

NBGのヤツらだって、ジェットやアルベルトと同じ「人間」だったのに。

ジョー、そんなふうに、二重に自分を責めないで。
その時どうしてもやらなくては済まない事って、あるんだと思うわ。

・ ・ ・ ・ ・

私ね、あなたの心が血を流しているのが、わかるの。だからもう・・・・・

ね、ジェットもアルベルトも、あなたを恨んでなんていないわ、きっと。
二人とも、あなたを信じていたのよ。・・・・・私たち、いつもお互いを信じてきたじゃない。

順番が違っていたら、あの人たちだって、きっと同じようにしたはずよ。

ただ、あまりに急だったから、あなたの気持ちの準備ができてなくて、
それでショックが大きくて、わけが分からなくなってしまったのよ。

そんなふうに苦しむのは、あなたが人間だからだわ。

ありがとう、フランソワーズ。だけど、・・・・・ 

ジョー、頭を抱え込む。フランソワーズも黙り込んでしまう。

(言ってしまいそうなんだ、「キミはジェットを殺していない」って。「キミにわかるわけない」って。)


11

夜が更ける。ジョーがフランソワーズの方を見る。
フランソワーズはうつむいたまま、目に涙をためている。

(なぜオレはキミを悲しませているんだ? 本当はキミだけは失いたくないのに。)

しばらくして、思考を振り切るようにジョーが立ち上がる。

食事にでも行こう、フランソワーズ。こんなふうにしてるの、よくないよ。
ひどいこと言ってごめん。つらい思いさせて、本当にすまなかった。

フランソワーズに手を差し出す。

ジョー・・・・・。 うれしそうなフランソワーズ。

今からだと、開いてるのは終夜営業のファミレスくらいだなあ。

ドアを出てエレベーターに向かって歩く二人。
ジョーはフランソワーズの肩に腕を回している。

.

クルマの中。

それで、アルベルトが手紙を残していたんだ。冷静で、いかにもあいつらしいんだけど。


12

俺の体は脳を除いて全部機械だ。だから、自分の人間的な感情は邪魔だと思ってきた。
そんなものがなければ、俺は俺を生かしておいてくれるこの体を呪うこともなかっただろうから。

だがしかし、もうすぐ俺の唯一の人間である部分が死のうとしている。
そうすれば、俺は完全に機械になることができる。それは素晴らしいことではないだろうか?
自分の中の不調和が、完全に消え去るのだから。

それに、何年か前に核装備をやめただけ、俺も多少は平和的な存在になっている。
殺人機械であることには変わりないとしても、より穏やかな気持ちで終わることができそうだ。
今さら「気持ち」などと、皮肉なものだが。

これを読むのは、おそらくジョー、君だろう。ジェットはもう、動けまい。
俺と同じく君が約束を果たしてくれることを、信じている。


13

(「核」は、まだもう1個ある。取り除くことのできない・・・・・。)

ジョー ・・・・・?

ああ、大丈夫だよ。ただ、オレだったら、最期のときにどう思うかなあって。
なんだかずっと、「死」っていうのは、外からやって来るみたいな、そんな気がしてたんだ。

そういえば私も、戦いの中で死ぬことしか、考えてなかったみたい。

だからイワンの話を聞いた時、理解はできても実感がわかなかった。
それに、まだずっと先のことみたいに思ってたんだよ。きっと、みんな同じだっただろう。

「処分する」ってことだって、それが現実になるまでは、「なんとかなる」と思ってた。

・・・・・ピュンマもジェロニモも、オレが行ったときにはもう消えていたんだよ。

そうね、きっと私だって同じだったと思うわ。でももう、その話は・・・・・。

そうだね。ただ、これだけは言っておきたいんだ。

ジェットとアルベルトのことがあってから、どうしようもない気持ちで狂いそうだったけど、

それでも耐えられたのは、フランソワーズ、キミがいたからなんだ。
ただ、キミが生きているから、それだけの理由で。

ありがとう、ジョー、うれしいわ。でもね、もう二度と黙ってどこかに行ったりしないで。


14

街道沿いのファミリーレストラン。客はまばら。
ジョーはコーヒーを、フランソワーズはデザートのティラミスを食べている。

じゃあ、仕事やめてどうしてたの?  うん、・・・・・いろいろとね。

何よ、私には言えないことなの?  まあ、そういうことなんだ。

(そうだったの。たったひとりで・・・・・。)

(ジェットの部屋から、最近のヤツらの動きに関するメモが出てきた。アルベルトと二人で調べてたんだ。)

じゃあこれ以上は聞かないわ。でも、約束してちょうだい。必ず帰ってきて。

何だよ、いきなり。 少しあわてるが、にっこりして。 
うん、約束するよ。何があってもきっと帰ってくる。キミのところへ。

しばらく黙っていたフランソワーズ。

ね、ジョー、ふと思い出したの。 ギルモア博士が亡くなって、研究所を出ることになって。
イワンったら、どうやって一人で暮らしていくのかと思ったら、NYで結構うまくやってたじゃない。

ちゃんとベビーシッターさんに暗示をかけて、両親とも働いていることにしてあったわ。
あの子、案外ちゃっかりしたところがあったから・・・・・

フランソワーズ、笑おうとして泣き出してしまう。

ほら、人が見たら、オレがキミを泣かせてると思うよ。別れ話がこじれたとかさ。

そうよね、ごめんなさい。 

オレたち7人であの研究所、完璧に解体しちゃったからね。もう、そういう作業はプロ並みだよ。
ああそうだ、今度から建築土木関係の仕事しよう。すくなくとも通訳なんかよりは向いてそうだ。

ダメよ、力仕事は。うっかり力を出しすぎて、変に思われるわよ。 

今度は本当に笑っている。


15

クルマの中。

ねえ、私たち、いつまでこうしていられるのかしら。
私たちに残された時間、大切にしたいわね。

そうだね、ほんとうに。

(よかった、いつものあなただわ。)

.

ジョーのマンションのリビングルーム。

ほんとうに、片づけなくていいの?不便でしょ、このままじゃ。

いいんだ、そのうち自分でやるから。それより、キミに渡したいものがあるんだ。

積んである荷物の中から大きな箱を取り出してフランソワーズに渡す。  開けてごらん。

けげんな表情で箱を開けるフランソワーズ。

これ・・・・・  中身を取り出して、 ウェディングドレス!

ずっと持ってたんだけど・・・・・

ありがとう、ジョー・・・・・  フランソワーズ、ドレスを抱きしめ、涙ぐむ。


16

翌朝。ベッドルームに朝日が射している。
フランソワーズ、目を覚まして、ジョーがいないことに気づく。

服を着てリビングに行くと、床に置いたパソコンにジョーの「置き手紙」が表示されている。

キミがよく眠っていたので、というより、決心が鈍りそうなので、起こさないでおく。
実は、今日、ジェットとアルベルトから引き継いだ仕事の仕上げをしに行くことに決めていたんだ。

NBGの残党は最近、移植のための臓器の密売買で資金を稼いでいた。
ありふれた手段だが、そのために誘拐や人身売買をやっていた。

フランソワーズ、座りこんで続きを読んでいる。

この3ヶ月ずっと苦しんでいたのは、仲間を殺したことの恐ろしさだけじゃない。
(安楽死や尊厳死という言葉なんて、知っていたって何の役にも立たない。)

頭の中でキミがあの二人の姿とだぶって見える・・・・・そんな恐怖、
それでいて、ふと気がつくと「もし自分のほうに早く限界が来た場合にすべきこと」を考えている自分が怖ろしかった。

いっそ狂ってしまえば楽なのに、と思いながら、他人事みたいに着実にNBGを追っている自分も。 ほんとうは心まで戦闘用に改造されていたんじゃないか、って気がした。

それでもヤツらを壊滅させようとするのは、それは結局、正義とか平和とかのためじゃなくて、あの組織に対する個人的な恨み、憎しみなんだ。
それに、ほんとうの解決なんて、できやしないのに。

そんないろんなことで、もうキミにはとても会えないと思っていた。
知られるのがこわかった。こんなオレを見てほしくなかった。

でも、ズタズタになった心が、キミのおかげでよみがえったような気がする。

キミを悲しませることに比べたら、自分の恐怖や絶望なんて大したことじゃない。
そう気づいたら、まわりの物の色や形がちゃんと見えるようになったみたいな感じなんだ。

そして、冷静に考えても、やっぱりこの「仕事」はやっておくべきだと思う。
自分に残された時間を有効に使うことでもあると思う。

でも、ただ破壊してやっつけてくるのなら簡単だけど、そんなことはもうできない。
計画変更してヤツらの「事業」だけ潰すとなると、少し時間がかかるだろう。

だけど、必ず帰ってくる。1ヶ月後、キミがこの部屋に来てくれたら、一緒に暮らそう。

P.S. オートロックの暗証番号は通信装置の周波数だよ


17

フランソワーズ、膝を抱えてディスプレイと向き合っている。

わかったわ。私、あなたを信じてる。

やさしすぎて、傷つきやすくて、だからあなたは人一倍悩んだり苦しんだりするの。
でもね、あなたが人間でなかったら、この世界に人間なんて存在しやしないのよ。

窓際に立ち、朝の街を眺めながら、

さてと、当分は私が2人分働かなくちゃね。

ジョーったら、ぜったいに、仕事「やめた」んじゃなくて「すっぽかした」んだから、もう。
次の仕事さがすのは大変よ。

・・・・・私、精一杯生きるわ、あなたと二人で。


18

それから4年後。 太平洋上のクルーズ客船。

あら、珍しいじゃない?あの人たちがデッキに出ているなんて。

ほんとう。それにしても、いつも仲がおよろしくて。すてきですわねえ、お二人とも。

でも、奥様のお体が弱いらしいのよ。昨夜もディナーの途中で・・・。
あんなにお若いのに・・・・・

デッキの手すりにもたれて海を見ているジョーとフランソワーズ。

大丈夫よ、私。この船がグアムを出るまで。普通の人間じゃないんだもの。

久しぶりだね、そんなふうに言うの。

ふふ、そうね。 
・・・・・ね、ジョー、「子供」たち、どうしているかしら。何だか今になって、急に・・・・・

きっと、みんなどこかで幸せになっているよ。

存在しないはずの私たちが「生きた」証し・・・・・。
ギルモア博士が生きてらっしゃるうちにやっておいて、よかったわね。

うん。あの時はまだ、
戦いでいつ死ぬかわからない親じゃ子供がかわいそうだ、って思ってたからだけど。

それに、「年をとらない」親なんてね。

一番いい方法だったと思うよ。
どうしても子供が産みたいっていう人たちに引き取られるからね、凍結受精卵は。

これで「歴史」通り・・・・・。そして、いつか遠い未来、私たちの子孫が・・・・・

二人とも黙って水平線を見ている。

日差しが強くなってきた。蔭に入った方がいいよ。

.

日よけの下のティーテーブル。フランソワーズの髪が風に揺れている。

4年になるのね、あれから。あなたが無事に帰ってきてくれて、そして・・・・・

そう、キミが押し掛けて来てから。

あらっ、あなたが「一緒に暮らそう」って言ったのよ。 

フランソワーズ、笑いかけて、ふと思い出す。

(そうだわ、4年前。ジョーが戻ってきたときにあの話を聞いたのだけど・・・・・)


19

ねえジョー、でも、なぜ私たちだけまだ何ともないのかしら。みんな同じはずなのに。

同じじゃないんだよ、フランソワーズ。

どういうこと?

キミの体は、みんなと違って、無理な改造がしてないだろ。機械部分だって少ない。

視力と聴力を補うセンサーを組み込んで、
あとは、人間がもとから持っている機能を少し補助強化してあるだけだ。

センサーだって、スイッチがついてから、負担が減ったんじゃないかな。

そうね、オン・オフできるようになって、ほっとしたわ。
最初はとても疲れたもの。いろんな音が聞こえるし、見たくないものまで見えてしまって。

この間は詳しい話はしなかったけど、イワンがキミ以外のみんなを集めたとき・・・・・


20

ええっ?「寿命」だって? 
オレたちゃ半分機械だから、殺されない限り死なないと思ってたぜ。

それは違うよ、ジェット。 諸君、聞きたまえ。重大なことがわかったんだ。

君たちは、改造によって、普通の人間にはない特殊な能力を身につけた。
しかし、「人間が本来できないこと」を自分の能力としてコントロールするということは、
脳にとって過大なストレスとなる。

過ぎたるは及ばざるがごとし、というアルね。

それだけではない。 生物としての人間が体を動かすとき、そのコントロールは、
脳を中心とした双方向の神経ネットワークにより行われるものだ。

ところが君たちの体は、程度の差はあれ機械化されているから、
機械部分を動かす場合には、脳から補助コンピューターへの出力だけが行われる。
つまり一方通行になっているんだ。

ああ、俺には何となくわかるぜ、全身機械だからな。だがイワン、それで何か問題でも?

意識はされないが、本来なら出力に応じて入力されるはずの信号がないため、
脳が混乱し、あるいはフラストレーションを起こす。

これらのストレスが限界に達すると・・・・・脳の活性レベルが急激に低下し始めるんだ。

それが他の生体組織にも影響を及ぼす。細胞の老化が速まると言ってもいい。
同時に、機械部分のコントロールもうまくいかなくなる。

すると何かい、俺たちは欠陥品だったってわけかい?

「試作品」だろ、グレート。実験材料さ。
それにしても、NBGも大したことないなあ。そんなおれたちを、いまだに・・・・・

人間を改造する、「自然」に逆らうこと。よくないこと、必ず、起こる。

もちろん、機械部分の経年劣化は避けられない。生物のような自己修復機能はない。
・・・・・しかもキミたちはずいぶん体を酷使したからね。


21

そうだったの。じゃあ、サイボーグにされたときから、
私たちの運命は決まっていたのね、普通の人間ほど長くは生きられないって。

それでも、私はみんなにかばってもらったから・・・・・

無理な改造、人間には本来できないこと・・・・・だから、グレートが最初に・・・・・

グレートは、アル中で死んだ。それに、トシだったしね。

え?

オレはそう思いたい。人間っぽくて、いいだろ?  そうね、きっとそうだったんだわ。

私たちも、いつまで生きられるかわからないけど、最期まで「人間」でいたいわね。

・ ・ ・ ・ ・ うん。  そう、・・・・・いつまで・・・・・


22

(あの時、気にはなったんだけど、なんとなくそのまま・・・・・)

フランソワーズ、少しためらってから

ねえジョー、もしかしたら、何か隠しているのじゃないの?

自分が最後だって、知っていたのじゃない?
なぜあなたは何ともないのかしら? 体の酷使というのならあなたが一番・・・・・

ジョー、水平線を見つめている。しばらくして、

オレはね、フランソワーズ、オレの体は・・・・・
キミも含めてみんなとは基本設計がまるっきり違うんだよ。強度や精度だって。

核エネルギー使うための安全性ってこともあるけど・・・・・

・ ・ ・ ・ ・

オレには他のみんなみたいな、めだった改造能力がないだろ。
疑問に思ってたけど、それは、コンセプトが全く別のプロトタイプだったからなんだ。

あなただけ・・・・・。なぜそんなこと?  

ティーカップを持ったまま、ジョーを見つめている。


23

ジョー、遠くを見たまま。

BGのサイボーグ開発の目的は?

「兵器」として使うためよ。私たち、戦争の道具になるのがイヤだったから・・・・・

・・・・・そう、兵器。ヤツらにとっては、新しい「商品」だった。
だから、売り込みのしやすい、特殊能力を備えた戦闘用タイプの開発に力を入れた。
それと、使い捨ての量産用簡易タイプと。

しかし、改造によって理想的な未来の人間を作る、と信じ込まされていた科学者が、
上からの指示とは異なる「ほんとうに」理想的なサイボーグを設計してしまった。

ギルモア博士ね。
BGの人体改造プロジェクトの真の目的を知って、博士が脱出計画を立てたんだったわ。

たぶん博士は、自分が改造する最後の1体に、その理想を託したんだろう。

あなたに・・・・・

戦争に使うためではなく、人間の「夢」をかなえるため。

機械の力で人間が持つ運動能力を飛躍的に高め、どんな環境ででも活動を可能にする。
さらにコンピューターで記憶や言語能力をサポートする。

それでいて生体脳への負担はゼロ、外見も普通の人間と変わらない。

すぐれた耐久性を持ち、外からの決定的ダメージがない限り、そして核燃料がある限り、わずかの食料で生き続けられる。・・・・・設計上は、普通の人間よりもずっと長く。

もちろん、このタイプに改造されたのは1体だけだ。
当時の関係者の話が伝わっていただけで、設計資料も残っていない。

ジョーの髪が風になびいている。
うつむいたフランソワーズ、テーブルのティーカップに添えた手がふるえている。

いつ、そのことを・・・・・?

・・・・・4年前。
NBGに潜入したとき、旧BGの改造プロジェクトの記録資料を偶然見つけたんだ。

・ ・ ・ ・ ・!!

フランソワーズ!

急に立ち上がったフランソワーズ、倒れかける。ジョーが抱きとめる。


24

船室。 ベッドに横たわるフランソワーズをジョーが見守っている。
フランソワーズが目を開ける。

私、また倒れたのね。 気がついて、よかった。

私ね、さっき、あなたをぶってやろうと思ったのよ。 ぶたれたより痛いよ。

4年間も私をだましていたからだわ。
あなたは、これからもずっと生きられるのよ。それがわかっていて、なぜ・・・・・?

お願い、ジョー、生きて。 ・・・・・生きて、私の分までしあわせになって。

無理だよ。さっきの話だけど、
そのプロトタイプには、設計者に予見できなかった重大な欠陥があってね。

え?

キミがいないと、生きていけないんだ。


25

数日後。 船室のベッドで目を閉じたままのフランソワーズ。
ジョーがベッド際にひざまずいて、その手を握っている。

フランソワーズは通信装置でしか話ができない。

ジョー?

今夜、マリアナ海溝を横切るそうだ。 ・・・・・そう。

・・・・・じゃあ私、少し眠るわ。いつ目が覚めても、あなたはそばにいてくれるわね。

ああ、ずっと、いっしょにいるよ。おやすみ、フランソワーズ。

・・・・・ありがとう、ジョー。 ・ ・ ・ ・ ・

ジョーが「空白」を受信する。ジョーはそのまま動かない。

この4年で、できる限りのことはやった。キミが支えてくれた。だから もう・・・・・


26

満天の星空。静かな海を客船が進んで行く。後方の海面に白い花束が浮いている。

海中深く、ジョーがフランソワーズを抱いて頭から沈んでいく。
フランソワーズの長いドレスの裾がなびいている。ジョーはホワイトタイ。

キミが最後にウェディングドレス着たいなんて言うから、
オレまでこんな格好でダイビングだよ。

このまま沈んでいけば、あとは水圧が何とかしてくれる。地上で放射能まき散らすわけにはいかないからね。
でもそれより、オレにはキミに、ほんのわずかの傷をつけることだってできないんだから。

フランソワーズが生きているかのように話しかけているジョー。

べつに自分で望んだわけじゃない。
だけど、自分がサイボーグだってことを恨んでなんていない。自分を、否定したくない。

それに、機械化した体って、悪くはないよ。ちゃんと動いていればね。そうだろ、フランソワーズ。

こうして深い海の中でも生きていて、闇の中のキミを見ていられるし、最期の時が来ても、この腕にキミを抱いたままでいられるんだ。

通信装置を通して Ave Maria が聞こえてくる。

ああ、キミの補助コンピューターが「歌って」いるんだね。それだってちゃんと聞こえる。

Ave, Maria, gratia plena; Dominus tecum:
benedicta tu in mulieribus, et benedictus fructus ventris tui Iesus.

だけど、それでもやっぱりオレは人間だから、
キミの死を悲しんで、でもキミを愛し続けて、そして・・・・・

Sancta Maria, Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus nunc et in hora mortis nostrae. Amen.

左腕に抱きかかえたフランソワーズにキスをしながら、
右手に持ったレーザーガンで自分の頭の通信装置の部分を撃つ。

海溝の闇の底に向かって、ゆっくり沈んでいく二人。

Salutatio Angelica (Ad Beatam Virginem Mariam)

27

アメリカ中西部。ある町の閑静な住宅街。

明るく、暖かい部屋。ホームパーティーの準備中。
淡い茶色の髪をした可愛い女の子が、クリスマスツリーの飾り付けをしている。

ねえママ、見て! どう?

まあ、本当にすてきだこと。でも、カレはきっと、あなたしか目に入らないわよ。

夫のそばに寄って、小声で。
ねえ、あなた、早いものね。私たち、一度は子供を持つことをあきらめたのに。

うん、あのとき凍結受精卵を斡旋してもらえて、ほんとによかったな。
あの子もいい子に育ったし、僕らは幸せだよ。

玄関のチャイムが鳴り、女の子が駆け出していく。

Dec. 1999 - Jan. 2000



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