1 瀟洒なマンションの入り口。フランソワーズがタクシーから降りる。 (やっとつきとめたわ。) 最上階。ジョーの部屋の前。ドアの前に立って通信装置で呼びかけるフランソワーズ。 開けて、ジョー。いるんでしょ、わかるわよ。どうして答えてくれないの? しばらくして玄関のドアが開く。ジョーが立っている。 中に入るフランソワーズ。 片づけるの、手伝うわ。 いいよ、オレ出てくから。 どこに行くの? はなしてくれないかな、フランソワーズ。キミに怪我させるわけにはいかないから。 イヤよっ。はなさない。 別にヤキモチやかれるようなこと、やってないよ。 ふざけないでっ。ヤキモチですむようなことなら、わざわざ来ないわ! 思い詰めた表情のフランソワーズ。困った顔をするジョー。 |
2 夜になっている。部屋の明かりはついていない。 何を聞いても答えてくれないのね。たった3ヶ月なのに、別人みたいだわ。でも そばに寄ってひざまずき、ジョーの髪に触れようとする。 やめてくれ。いいかげんで帰れよ。 そんなふうにしているあなたを見てるの、つらいのよ。私、あなたを愛して・・・ 向こうを向いたまま。 そんな・・・・・ 透視したって、心の中までは見えやしない。 だからそうやって・・・・・ 悲しそうなやさしい顔で振り向くジョー。 信じていられるんだ。 しばらく考えて、 いいよ、話すよ。せっかく逃げてきたのになあ。 逃げられると思っていたの? ・・・・・そうだね。(そう、逃げられるものじゃないんだ。いつかは必ず・・・・・) |
3 窓際に立ち、フランソワーズに背を向け、外を向いたまま話すジョー。 これから話すことを聞いて、どうしてもオレが許せないと思ったら、黙って出て行ってほしいんだ。そっちは見ない。引き留めない。だから・・・ そして、もう二度と、会おうなんて思わないでくれ。いいね? そんなこと、あるはずが・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ いいわ、わかったわ。 |
4 少し考えてから話し始めるジョー。 1年と少し前にグレートが死んだ。 ええ、あなたに聞いたとき、言葉にできないくらい、悲しかった。 グレートの死体は残ってなかった。 ええ。 だから二人とも、お葬式はなかったわね。それに、私たちには似合わないって。 ・・・・・変だと思わなかったかい? そういえば・・・・・ 黙ってたけど・・・・・ そんな、信じられないわ、あのみんなが・・・・・ほんとなの? ほんとうだよ。みんなもういない。 床に座り込むフランソワーズ。ショックで涙も出ない。 でも、なぜ知っているの? それに、なぜ黙ってたの? ジョー。 黙ったままのジョー。 |
5 しばらくして、やはり外を向いたまま話し始める。 3年近く前、ギルモア博士が死んだ後、イワンがみんなを集めたんだ、キミを除いて。 その時イワンが言った。 この先オレたちにも寿命が来る。 そうかもしれない。 それで、そうなったとき一番問題なのは、NBGに回収でもされたら大変だってことだ。 確かにそうでしょうね。でも、最近何事もなかったわ。 向こうもたぶん、オレたちが「ほっておいてもそのうち死ぬ」ことに、気がついたんだ。 あの首領たちが死んで、オレたちが徹底的に「後かたづけ」をして以来、 ただでさえ人間改造の研究には莫大な費用がかかる。予算のムダ使いはできない。 外には夜景が広がって、星が出ている。 だから、オレたちの誰かが死んだら、NBGが気づく前に他の誰かが駆けつけて、 どういうわけか、「オレたちを自由にしておく」ってNBGの方針の方は変わってなかったから。 フランソワーズ、少し笑う。 たぶんね。忘れてくれたんだったらいいんだけど。 それでとにかく、 フランソワーズ、何回か、意味不明の通信が入っただろ? 私・・・電波障害か何かだと・・・ でもどうして私は? 精神的に耐えられないだろうとイワンが判断したのと、それに、・・・・・ 一瞬、振り向きかけるジョー。 どうしたの? いや、いいんだ。 |
6 じゃあ、遺体が残ってなかったのは、誰が・・・・・? まさか、ジョー、あなたがみんな・・・ 最初はイワンがやってた。超能力使って。自分で言いだしたから、責任とるつもりだったんだろう。 だけどそのうち精神障害起こして・・・・・ふと回復したとき、オレに言ってきた。 (オレはキミを恨んだことなんてなかったんだよ、イワン。) 泣き崩れるフランソワーズ。イワンを、まさか、イワンをあなたが・・・? オレが行ったらもう死んでたよ。たぶん、自分で・・・ すこしだけ、ほっとしたわ。でも (・・・だから、一人で暮らすなんて言いだしたのね、あの子。) 相変わらず外を見ているジョー。自分に話しかけるように話している。 ジェットは、死ぬ前にオレを呼んだ。ひさしぶりに会って話がしたいって。 急に体にガタが来て、まともに歩くことさえできやしねえんだ、近頃。 それで、どうしてもって言うから、夜中に海まで連れて行ったんだ。そしたら ジョー、拳を握りしめて震わせている。床に座りこんだまま見上げているフランソワーズ。 そしたら、ジェットのヤツ、そこでオレに「殺せ」と・・・ |
7 バカ! そんなことできるわけないだろ。 頼むよ。一度は心中した仲なんだぜ。 イヤだと言ったらイヤだ。そんなにすぐ死にたいんなら、自分でやれよ。 ジョーはジェットにレーザーガンを渡して去ろうとする。(考え直せよ、ジェット。) 砂浜を這ってジョーを追いかけようとするジェット。 バカはそっちだぜ ジョー! そんなこと、オレだってとっくに考えついてんだ。 ジェット、砂を握りしめて叫ぶ。 どうしてこんなことしやがったんだ! オレは、人間なんだぜ! なぜ機械に支配されなきゃなんねえんだ! ・・・・・こんなボロボロになって・・・・・それでも自由にさせてくれねえってのかよ! 立ち止まるジョー。 (オレもいつか同じようになるんだろうな。) |
8 一瞬流れ星が光る。 ジョー? オレは、ジェットを殺した。仲間を、この手で撃った。生きているのに。 エネルギーカートリッジがカラになるまで、トリガーを引きつづけた。 悲しいとかつらいとか全然なくて、わりと冷静だった。 やめてっ! 聞きたくないわ! 3ヶ月前だった。たぶんその時から、オレは人間でなくなった。 そのすぐ後・・・・・アルベルトの時は、もうちょっとましだったんだ。脳が死んでたから。 やめてったらっ ジョー! やめないと・・・・・ 聞きたくないのなら、出て行けばいい。遠慮しなくていいんだよ、フランソワーズ。 ここにいるのは、キミの知っているお人好しの男じゃない。ただの戦闘用サイボーグなんだ。 |
9 フランソワーズ、立ち上がる。 フランソワーズが部屋の照明スイッチを入れる。 はっとして向き直るジョー。 フランソワーズ、何をするんだ! でも、「やさしすぎる」のは相変わらずね。 私があなたを見捨てられると思っていたの? ちゃんと処分しておいてちょうだいね。どっちみち、2人しか残ってないんだから。 ジョー、がっくりと膝をつく。 頼むからやめてくれ。お願いだから・・・・・ やめてあげてもいいわよ、ジョー。いつものあなたに戻ってくれるなら。 にっこりして。 いいわね? |
10 壁ぎわ。お互い少し離れて床に座っている二人。 不思議だね。オレは数え切れないくらい「人間」を殺してきたけど・・・・・ NBGのヤツらだって、ジェットやアルベルトと同じ「人間」だったのに。 ジョー、そんなふうに、二重に自分を責めないで。 ・ ・ ・ ・ ・ 私ね、あなたの心が血を流しているのが、わかるの。だからもう・・・・・ ね、ジェットもアルベルトも、あなたを恨んでなんていないわ、きっと。 順番が違っていたら、あの人たちだって、きっと同じようにしたはずよ。 ただ、あまりに急だったから、あなたの気持ちの準備ができてなくて、 そんなふうに苦しむのは、あなたが人間だからだわ。 ありがとう、フランソワーズ。だけど、・・・・・ ジョー、頭を抱え込む。フランソワーズも黙り込んでしまう。 (言ってしまいそうなんだ、「キミはジェットを殺していない」って。「キミにわかるわけない」って。) |
11 夜が更ける。ジョーがフランソワーズの方を見る。 (なぜオレはキミを悲しませているんだ? 本当はキミだけは失いたくないのに。) しばらくして、思考を振り切るようにジョーが立ち上がる。 食事にでも行こう、フランソワーズ。こんなふうにしてるの、よくないよ。 フランソワーズに手を差し出す。 ジョー・・・・・。 うれしそうなフランソワーズ。 今からだと、開いてるのは終夜営業のファミレスくらいだなあ。 ドアを出てエレベーターに向かって歩く二人。 . クルマの中。 それで、アルベルトが手紙を残していたんだ。冷静で、いかにもあいつらしいんだけど。 |
12 俺の体は脳を除いて全部機械だ。だから、自分の人間的な感情は邪魔だと思ってきた。 だがしかし、もうすぐ俺の唯一の人間である部分が死のうとしている。 それに、何年か前に核装備をやめただけ、俺も多少は平和的な存在になっている。 これを読むのは、おそらくジョー、君だろう。ジェットはもう、動けまい。 |
13 (「核」は、まだもう1個ある。取り除くことのできない・・・・・。) ジョー ・・・・・? ああ、大丈夫だよ。ただ、オレだったら、最期のときにどう思うかなあって。 そういえば私も、戦いの中で死ぬことしか、考えてなかったみたい。 だからイワンの話を聞いた時、理解はできても実感がわかなかった。 「処分する」ってことだって、それが現実になるまでは、「なんとかなる」と思ってた。 ・・・・・ピュンマもジェロニモも、オレが行ったときにはもう消えていたんだよ。 そうね、きっと私だって同じだったと思うわ。でももう、その話は・・・・・。 そうだね。ただ、これだけは言っておきたいんだ。 ジェットとアルベルトのことがあってから、どうしようもない気持ちで狂いそうだったけど、 それでも耐えられたのは、フランソワーズ、キミがいたからなんだ。 ありがとう、ジョー、うれしいわ。でもね、もう二度と黙ってどこかに行ったりしないで。 |
14 街道沿いのファミリーレストラン。客はまばら。 じゃあ、仕事やめてどうしてたの? うん、・・・・・いろいろとね。 何よ、私には言えないことなの? まあ、そういうことなんだ。 (そうだったの。たったひとりで・・・・・。) (ジェットの部屋から、最近のヤツらの動きに関するメモが出てきた。アルベルトと二人で調べてたんだ。) じゃあこれ以上は聞かないわ。でも、約束してちょうだい。必ず帰ってきて。 何だよ、いきなり。 少しあわてるが、にっこりして。 しばらく黙っていたフランソワーズ。 ね、ジョー、ふと思い出したの。 ギルモア博士が亡くなって、研究所を出ることになって。 ちゃんとベビーシッターさんに暗示をかけて、両親とも働いていることにしてあったわ。 フランソワーズ、笑おうとして泣き出してしまう。 ほら、人が見たら、オレがキミを泣かせてると思うよ。別れ話がこじれたとかさ。 そうよね、ごめんなさい。 オレたち7人であの研究所、完璧に解体しちゃったからね。もう、そういう作業はプロ並みだよ。 ダメよ、力仕事は。うっかり力を出しすぎて、変に思われるわよ。 今度は本当に笑っている。 |
15 クルマの中。 ねえ、私たち、いつまでこうしていられるのかしら。 そうだね、ほんとうに。 (よかった、いつものあなただわ。) . ジョーのマンションのリビングルーム。 ほんとうに、片づけなくていいの?不便でしょ、このままじゃ。 いいんだ、そのうち自分でやるから。それより、キミに渡したいものがあるんだ。 積んである荷物の中から大きな箱を取り出してフランソワーズに渡す。 開けてごらん。 けげんな表情で箱を開けるフランソワーズ。 これ・・・・・ 中身を取り出して、 ウェディングドレス! ずっと持ってたんだけど・・・・・ ありがとう、ジョー・・・・・ フランソワーズ、ドレスを抱きしめ、涙ぐむ。 |
16 翌朝。ベッドルームに朝日が射している。 服を着てリビングに行くと、床に置いたパソコンにジョーの「置き手紙」が表示されている。 キミがよく眠っていたので、というより、決心が鈍りそうなので、起こさないでおく。 NBGの残党は最近、移植のための臓器の密売買で資金を稼いでいた。 フランソワーズ、座りこんで続きを読んでいる。 この3ヶ月ずっと苦しんでいたのは、仲間を殺したことの恐ろしさだけじゃない。 頭の中でキミがあの二人の姿とだぶって見える・・・・・そんな恐怖、 いっそ狂ってしまえば楽なのに、と思いながら、他人事みたいに着実にNBGを追っている自分も。 ほんとうは心まで戦闘用に改造されていたんじゃないか、って気がした。 それでもヤツらを壊滅させようとするのは、それは結局、正義とか平和とかのためじゃなくて、あの組織に対する個人的な恨み、憎しみなんだ。 そんないろんなことで、もうキミにはとても会えないと思っていた。 でも、ズタズタになった心が、キミのおかげでよみがえったような気がする。 キミを悲しませることに比べたら、自分の恐怖や絶望なんて大したことじゃない。 そして、冷静に考えても、やっぱりこの「仕事」はやっておくべきだと思う。 でも、ただ破壊してやっつけてくるのなら簡単だけど、そんなことはもうできない。 だけど、必ず帰ってくる。1ヶ月後、キミがこの部屋に来てくれたら、一緒に暮らそう。 P.S. オートロックの暗証番号は通信装置の周波数だよ |
17 フランソワーズ、膝を抱えてディスプレイと向き合っている。 わかったわ。私、あなたを信じてる。 やさしすぎて、傷つきやすくて、だからあなたは人一倍悩んだり苦しんだりするの。 窓際に立ち、朝の街を眺めながら、 さてと、当分は私が2人分働かなくちゃね。 ジョーったら、ぜったいに、仕事「やめた」んじゃなくて「すっぽかした」んだから、もう。 ・・・・・私、精一杯生きるわ、あなたと二人で。 |
18 それから4年後。 太平洋上のクルーズ客船。 あら、珍しいじゃない?あの人たちがデッキに出ているなんて。 ほんとう。それにしても、いつも仲がおよろしくて。すてきですわねえ、お二人とも。 でも、奥様のお体が弱いらしいのよ。昨夜もディナーの途中で・・・。 デッキの手すりにもたれて海を見ているジョーとフランソワーズ。 大丈夫よ、私。この船がグアムを出るまで。普通の人間じゃないんだもの。 久しぶりだね、そんなふうに言うの。 ふふ、そうね。 きっと、みんなどこかで幸せになっているよ。 存在しないはずの私たちが「生きた」証し・・・・・。 うん。あの時はまだ、 それに、「年をとらない」親なんてね。 一番いい方法だったと思うよ。 これで「歴史」通り・・・・・。そして、いつか遠い未来、私たちの子孫が・・・・・ 二人とも黙って水平線を見ている。 日差しが強くなってきた。蔭に入った方がいいよ。 . 日よけの下のティーテーブル。フランソワーズの髪が風に揺れている。 4年になるのね、あれから。あなたが無事に帰ってきてくれて、そして・・・・・ そう、キミが押し掛けて来てから。 あらっ、あなたが「一緒に暮らそう」って言ったのよ。 フランソワーズ、笑いかけて、ふと思い出す。 (そうだわ、4年前。ジョーが戻ってきたときにあの話を聞いたのだけど・・・・・) |
19 ねえジョー、でも、なぜ私たちだけまだ何ともないのかしら。みんな同じはずなのに。 同じじゃないんだよ、フランソワーズ。 どういうこと? キミの体は、みんなと違って、無理な改造がしてないだろ。機械部分だって少ない。 視力と聴力を補うセンサーを組み込んで、 センサーだって、スイッチがついてから、負担が減ったんじゃないかな。 そうね、オン・オフできるようになって、ほっとしたわ。 この間は詳しい話はしなかったけど、イワンがキミ以外のみんなを集めたとき・・・・・ |
20 ええっ?「寿命」だって? それは違うよ、ジェット。 諸君、聞きたまえ。重大なことがわかったんだ。 君たちは、改造によって、普通の人間にはない特殊な能力を身につけた。 過ぎたるは及ばざるがごとし、というアルね。 それだけではない。 生物としての人間が体を動かすとき、そのコントロールは、 ところが君たちの体は、程度の差はあれ機械化されているから、 ああ、俺には何となくわかるぜ、全身機械だからな。だがイワン、それで何か問題でも? 意識はされないが、本来なら出力に応じて入力されるはずの信号がないため、 これらのストレスが限界に達すると・・・・・脳の活性レベルが急激に低下し始めるんだ。 それが他の生体組織にも影響を及ぼす。細胞の老化が速まると言ってもいい。 すると何かい、俺たちは欠陥品だったってわけかい? 「試作品」だろ、グレート。実験材料さ。 人間を改造する、「自然」に逆らうこと。よくないこと、必ず、起こる。 もちろん、機械部分の経年劣化は避けられない。生物のような自己修復機能はない。 |
21 そうだったの。じゃあ、サイボーグにされたときから、 それでも、私はみんなにかばってもらったから・・・・・ 無理な改造、人間には本来できないこと・・・・・だから、グレートが最初に・・・・・ グレートは、アル中で死んだ。それに、トシだったしね。 え? オレはそう思いたい。人間っぽくて、いいだろ? そうね、きっとそうだったんだわ。 私たちも、いつまで生きられるかわからないけど、最期まで「人間」でいたいわね。 ・ ・ ・ ・ ・ うん。 そう、・・・・・いつまで・・・・・ |
22 (あの時、気にはなったんだけど、なんとなくそのまま・・・・・) フランソワーズ、少しためらってから ねえジョー、もしかしたら、何か隠しているのじゃないの? 自分が最後だって、知っていたのじゃない? ジョー、水平線を見つめている。しばらくして、 オレはね、フランソワーズ、オレの体は・・・・・ 核エネルギー使うための安全性ってこともあるけど・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ オレには他のみんなみたいな、めだった改造能力がないだろ。 あなただけ・・・・・。なぜそんなこと? ティーカップを持ったまま、ジョーを見つめている。 |
23 ジョー、遠くを見たまま。 BGのサイボーグ開発の目的は? 「兵器」として使うためよ。私たち、戦争の道具になるのがイヤだったから・・・・・ ・・・・・そう、兵器。ヤツらにとっては、新しい「商品」だった。 しかし、改造によって理想的な未来の人間を作る、と信じ込まされていた科学者が、 ギルモア博士ね。 たぶん博士は、自分が改造する最後の1体に、その理想を託したんだろう。 あなたに・・・・・ 戦争に使うためではなく、人間の「夢」をかなえるため。 機械の力で人間が持つ運動能力を飛躍的に高め、どんな環境ででも活動を可能にする。 それでいて生体脳への負担はゼロ、外見も普通の人間と変わらない。 すぐれた耐久性を持ち、外からの決定的ダメージがない限り、そして核燃料がある限り、わずかの食料で生き続けられる。・・・・・設計上は、普通の人間よりもずっと長く。 もちろん、このタイプに改造されたのは1体だけだ。 ジョーの髪が風になびいている。 いつ、そのことを・・・・・? ・・・・・4年前。 ・ ・ ・ ・ ・!! フランソワーズ! 急に立ち上がったフランソワーズ、倒れかける。ジョーが抱きとめる。 |
24 船室。 ベッドに横たわるフランソワーズをジョーが見守っている。 私、また倒れたのね。 気がついて、よかった。 私ね、さっき、あなたをぶってやろうと思ったのよ。 ぶたれたより痛いよ。 4年間も私をだましていたからだわ。 お願い、ジョー、生きて。 ・・・・・生きて、私の分までしあわせになって。 無理だよ。さっきの話だけど、 え? キミがいないと、生きていけないんだ。 |
25 数日後。 船室のベッドで目を閉じたままのフランソワーズ。 フランソワーズは通信装置でしか話ができない。 ジョー? 今夜、マリアナ海溝を横切るそうだ。 ・・・・・そう。 ・・・・・じゃあ私、少し眠るわ。いつ目が覚めても、あなたはそばにいてくれるわね。 ああ、ずっと、いっしょにいるよ。おやすみ、フランソワーズ。 ・・・・・ありがとう、ジョー。 ・ ・ ・ ・ ・ ジョーが「空白」を受信する。ジョーはそのまま動かない。 この4年で、できる限りのことはやった。キミが支えてくれた。だから もう・・・・・ |
26 満天の星空。静かな海を客船が進んで行く。後方の海面に白い花束が浮いている。 海中深く、ジョーがフランソワーズを抱いて頭から沈んでいく。 キミが最後にウェディングドレス着たいなんて言うから、 このまま沈んでいけば、あとは水圧が何とかしてくれる。地上で放射能まき散らすわけにはいかないからね。 フランソワーズが生きているかのように話しかけているジョー。 べつに自分で望んだわけじゃない。 それに、機械化した体って、悪くはないよ。ちゃんと動いていればね。そうだろ、フランソワーズ。 こうして深い海の中でも生きていて、闇の中のキミを見ていられるし、最期の時が来ても、この腕にキミを抱いたままでいられるんだ。 通信装置を通して Ave Maria が聞こえてくる。 ああ、キミの補助コンピューターが「歌って」いるんだね。それだってちゃんと聞こえる。 Ave, Maria, gratia
plena; Dominus tecum: だけど、それでもやっぱりオレは人間だから、 Sancta Maria, Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus nunc et in hora mortis nostrae. Amen. 左腕に抱きかかえたフランソワーズにキスをしながら、 海溝の闇の底に向かって、ゆっくり沈んでいく二人。 |
Salutatio Angelica (Ad Beatam Virginem Mariam)
27 アメリカ中西部。ある町の閑静な住宅街。 明るく、暖かい部屋。ホームパーティーの準備中。 ねえママ、見て! どう? まあ、本当にすてきだこと。でも、カレはきっと、あなたしか目に入らないわよ。 夫のそばに寄って、小声で。 うん、あのとき凍結受精卵を斡旋してもらえて、ほんとによかったな。 玄関のチャイムが鳴り、女の子が駆け出していく。 Dec. 1999 - Jan. 2000 |