009 Fanstories

 『An End』番外編

・ ブランコ ・


『An End』をお読みになってから読まれることをお奨めいたします。
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1.

街の灯りが目を覚まし、高台の公園にも夕闇がのぼってきた。秋の風がかすかにブランコを揺らしている。

パーゴラの脇を歩きながら、フランソワーズはジョーの顔を見上げ、首を傾げていたずらっぽく微笑んだ。それに気づいたジョーは、両手をポケットに入れたまま、立ち止まった。

知らん顔のフリで目をやった木立の手前には、古びた公園灯が立っていた。この暗さで、まだ点灯していない。

今は、そのわけを考えたくはなかった。ジョーは目をそらして真上の空を仰ぎ、そしてフランソワーズに顔を向けた。

「そういえば、久し振りだね、こういうところ。」

彼女はうれしそうに頷き、二人はまた歩きだした。

二人でゆっくり過ごす時間はそう多くなかった。ジョーは自分に残された『仕事』に、フランソワーズは二人の生活を維持するための仕事に、それぞれの時間を費やすことが多かったのだ。

「いっしょに暮らそう」と言った結果がこれでは申し訳ないと、ジョーは思っていた。しかし、フランソワーズは幸せそうだった。「いっしょに生きているから。」

いつも二人一緒にいるということではなく、二人の同じ目的のために、二人がそれぞれできることを。そう言う彼女は、以前にもまして美しかった。

フランソワーズのそんな強さは、身体の強度や出力とは関係がない。しかし、その『強さ』でも、身体の機能低下は防ぐことも止めることもできない。

――いつかは、『その時』がやってくる。

それは誰でも同じことだ。病気も事故も、もちろん寿命もある。だが、自分たちは・・・。

 

2.

「ひどい目にあったから、嫌いになっちゃったんじゃない?」

ブランコの前まで来ていた。フランソワーズが笑い、先に座ってこぎ始めた。

「そんなことないけど――あれ以来かな。」

ジョーも座って、ゆるく地面を蹴った。フランソワーズは、ジョーの身体の『初期不良』のことを言っているのだ。

ずっと昔、みんなでコズミ博士の家に滞在していた頃のことだ。ジョーは彼女と二人で街へ出かけ、立ち寄った公園でブランコに乗った。ところが、何回か大きくこいだら、いきなり動けなくなった。

真っ直ぐ立ったまま、チェーンから手を放すこともできない。声を出すことさえ。とにかく、ブランコに揺られたまま、身体がまったく動かないのだ。

しかも、前後左右の揺れ、上昇、落下、回転、ありとあらゆる『動き』の感覚が渦を巻き、まるで液化した脳が掻き回されているかのような目眩がする。吐きそうだったが、それは生体脳がそう感じるだけで、身体は何の反応も示さない。

しばらくして、事態に気づいたフランソワーズがジョーの指をチェーンからほどき、ブランコから降ろした――正確には『落とした』のだが――。そして、引きずっていってクルマに乗せ、コズミ邸まで連れ帰ってくれたのだ。

「あの時ね、最初はわからなくて、横顔がフィギュアヘッドの王子様みたいだって、見とれてたの。」 申し訳なさそうに笑いながら、フランソワーズが規則正しく揺れている。

「王子様ぁ?」 あきれ顔で、ジョーがすれ違う。だが確かに、表情さえ動かなかったのだから、木彫りの像と変わりなかった。王子様であってもなくても。

原因は、『動き』の感知・処理系統のトラブルだった。ブランコで揺られるような動きのパターンが適正に設定されていなかったために、暴走した。多種大量の情報を一時に送られた脳は混乱し、その結果、安全装置の働きで動作制御用コンピュータが反応を停止したのだ。

ジョーの改造が済むのを待って、彼らは幽霊島を脱出した。全項目の詳細なチェックと調整を行っている時間はなかった。そして、その後トラブルはなかったので、そのままになっていたのだが。

 

3.

――あの時は笑いごとで済んで、よかったけど・・・。

すでに、フランソワーズの身体は温度調節機能が不安定になっていた。

それに気づいた昨夜、ジョーは眠れなかった。暗くても見えてしまうのが嫌で、いつも灯りは消していない。その光の下で、彼女の長いまつげが永遠の眠りを思わせた。

――気のせいだったのかもしれない。

そう思いたかったが、機械化した感覚に『気のせい』はない。本人はまだ気づいていないだろう。深刻なトラブルではないにしても、一時的な不調であってほしい。

見ないでおこうと思っていたのに、ジョーはつい照明灯に目をやった。やはり眠ったままだ。その暗さが、心に重い。空の暗さは美しいのに。

「あれから、ずいぶんいろんなことがあって。でも私、ずっと――あら、どうしたの?ジョー。」

知らないうちに地面に足をつけて、ブランコを止めていた。

「なんでもない。あは、ずいぶんな王子様だなあ。――そういえば、キミは昔っから強かったんだ。」

「ううん、そうじゃない。最初、とってもきつい女のコだと思ったでしょう? そうやって張りつめていなければ、心が崩れてしまいそうだったの。突然、『変わって』しまったから。何もかも、ね。」

フランソワーズもこぐのをやめて、揺れに身を任せている。

「でもいつのまにか、みんなのこと家族みたいに大切に思ってるし、王子様に恋なんてしてるの。私の中のそんな『私』は変わってないんだって、気がついた。そうしたら、少し楽になったわ。もちろん、『闘う』ことは別だけど。」

フランソワーズはジョーに微笑みを見せて、それから、遠い空を見上げた。

「今、みんなのことも、私たちのことも、とても悲しいし、先のことを考えたら怖くてたまらない。だけど、そんなふうに弱いのが『私』なんだ、弱くたっていいんだって、自然に思えるの。強いフリすることなんてない。残された時間、できることをすればいい。」

――それが、今のキミの強さなんだね。

「それに、あなたがいるんだもの。精いっぱい生きるわ。」

「うん。」

しばらく黙っているうちに、フランソワーズのブランコも、ほとんど揺れが止まっていた。

「ね、ジョー。あの照明灯、ちゃんとなおしてもらえるといいわね。」

急にそう言った彼女の声は、透き通っていた。

 

4.

フランソワーズは立ち上がり、ブランコを大きくこいだ。何か思いついたように、楽しげだ。

――飛び降りる気だ。

ジョーはあたりを見回した。

――誰も見ていないから。

そう言うようににっこりすると、フランソワーズはさらに勢いをつけた。風を切り髪をなびかせ、宵の空を仰いでいる。

自分が跳び上がる高さ、敵が襲ってくる高さ。それと比べれば、大した高さではない。だが、ジョーには、彼女がそのまま天に翔けのぼって透明になってしまいそうに感じられた。見上げている自分の魂を連れて。

ジョーはふいにかけ出し、揺れるブランコの真っ直ぐ前に立った。

遠ざかって、もう一度近づいて、彼女の身体がふわりと宙に舞う。その瞬間、ジョーは加速装置を低速でONにした。

紺色の空を背景に、フランソワーズはごくゆっくりと放物線を描いている。タイトのミニスカートから伸びる足をきれいにそろえ、両腕を広げ。白いジャケットが翼のように背中に広がっている。

本当は自分が待ち受けているのに、自分をめざして降下してくる淡い色の女神に見える。しっかりと抱きとめなければ、大理石になって砕けてしまいそうな気がする。

そうしなくても、彼女はきれいに着地するだろうけれど。そして、舞い降りた白い鳥のように姿勢を整えて、「どう?」と首を傾げるのだろうけれど。

――でも。

受け止めて、確かめずにはいられない。彼女が今自分とここにいることを。

――だけど。

ずっとこうして、彼女を見上げていたい気もする。

――もう何年も前、加速したままスイッチが作動しなくて・・・あの時はほんとうにつらかったけど。

だが、加速していれば、彼女にとっては一瞬でも、自分にとっては長い時間になる。それだけ長く一緒にいられることになる。それが無意味なことはわかっている。それでも、たとえ言葉を交わすことができなくても、その姿を見ていられるだけ・・・。

――ダメだ、フランソワーズが許さない。

ジョーはくすっと笑った。残された時間を精いっぱい生きる。その思いは、自分も同じだ。

――最後まで、キミと同じ時間を。

立つ位置と向きを調整すると、ジョーは加速装置をOFFにした。

その一瞬あと、フランソワーズが腕に飛び込んできた。ジョーはそのまま1回ターンして勢いを落とし、彼女をそっと地面に立たせた。

「ジョー!」 フランソワーズは肩を抱かれたまま、ほんの少し抗議するように、ジョーの顔を見上げた。

「王子様、らしいだろ?」

そう言って笑うジョーの目が、悲しいくらいにやさしい。フランソワーズは、答えるかわりに瞳を閉じた。

宵闇の中、二人のうしろでブランコの揺れが少しずつ小さくなっていった。


・ ブランコ ・

THE END

 


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フィギュアヘッド:


帆船の船首飾り像。伝説の英雄、女神、鳥、動物、その他いろんなのがあります。

有名な『Cutty Sark』(19世紀)には、「見〜た〜な〜、逃がしてなるものか〜〜っ」と追っかけてくる魔女がついてます。手にはブッちぎった馬の尻尾を掴み、形相がかなりコワイ。この船はグリニッジに保存されてますので、イギリスにお出かけの際にはぜひご覧ください。

それから、人魚姫の恋する相手が、このフィギュアヘッドの王子様でしたっけ。とにかくっ、ガシャポンやDVDセット販売関係じゃないですからね〜。

闇の声1: もと帆船模型野郎の相手にはならない方がいいっすよ。

闇の声2: 加速装置のトラブルは、原作の『凍った時間』のこと。


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