Monthly Special * November 2002
 John Keats

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LA BELLE DAME
SANS MERCI



O what can ail thee, knight-at-arms,
 Alone and palely loitering?
The sedge has wither'd from the lake,
 And no birds sing.

O what can ail thee, knight-at-arms,
 So haggard and so woe-begone?
The squirrel's granary is full,
 And the harvest's done.

I see a lily on thy brow
 With anguish moist and fever dew,
And on thy cheeks a fading rose
 Fast withereth too.

I met a lady in the meads,
 Full beautiful--a faery's child,
Her hair was long, her foot was light,
 And her eyes were wild.

I made a garland for her head,
 And bracelets too, and fragrant zone;
She look'd at me as she did love,
 And made sweet moan.

I set her on my pacing steed,
 And nothing else saw all day long,
For sidelong would she bend, and sing
 A faery's song.

She found me roots of relish sweet,
 And honey wild, and manna dew,
And sure in language strange she said,
 "I love thee true!"

She took me to her elfin grot,
 And there she wept and sigh'd full sore,
And there I shut her wild wild eyes
 With kisses four.

And there she lulled me asleep,
 And there I dream'd--ah! woe betide!
The latest dream I ever dream'd
 On the cold hill side.

I saw pale kings and princes too,
 Pale warriors, death-pale were they all:
They cried--"La Belle Dame sans Merci
 Hath thee in thrall!"

I saw their starv'd lips in the gloam,
 With horrid warning gaped wide,
And I awoke and found me here,
 On the cold hill side.

And this is why I sojourn here,
 Alone and palely loitering,
Though the sedge is wither'd from the lake
 And no birds sing.



*




慈悲なき美女



おお、如何なされましたか、騎士殿、
  ただ独り 青ざめて 漂いあるきとは。
湖のスゲは枯れ、
  歌う鳥とておりませぬのに。

おお、如何なされましたか、騎士殿、
  そこまでやつれ そこまで悩ましげとは。
栗鼠の 木の実倉は満ち
  穫り入れも済んでおりますのに。

額は 白百合と見えまする
  苦悶に濡れて 熱の露。
頬は 褪せゆく薔薇と見えまする
  それも 見る見る萎みゆく。

草地で婦人に遇うた、
  この上もなく美しき、妖精の乙女に。
髪は長く 足は軽く、
  瞳は燃えて――

その頭を飾る花冠を 私は編んだ、
  腕輪も、かぐわしき帯も。
その女<ひと>は まさに私を愛するかの眼差しを、
  そうして 甘き声を。

歩む駿馬にその女を乗せ、
  日もすがら 他のことなど見やりもせずに、
なぜなら その女が身を傾けては 歌うたゆえ
  妖精の歌を。

その女は 甘味の草根を探し出し 私にすすめ、
  野蜂の蜜に、マナの露も、
そうして確かに 私の知らぬ言葉で言うたのだ、
  「心から貴方を愛す」と。

その女は 私を妖精の岩屋へと導き、
  そこで 涙し吐息をついた、この上もなく切なげに。 
その燃えに燃える瞳を 私は
  四たびのくちづけで 閉じた。

その女は 私を眠りに誘い、
  そこで私は夢を見た、ああ、我が身の災いなるかな!
冷え冷えとした丘で見た
  最後の夢は。

青白き王も 諸侯も
  青白き武者どもも、皆 死びとの顔色。
そうして叫んだ――「慈悲なき美女
  そなたを虜となせり!」

薄闇の中 恐るべき警告を発し
  飢えた唇が くわりと裂けた、
そこで私は目覚め、すると此処、
  冷え冷えとした丘におったのだ。

かようなわけで 私は此処に、
  ただ独り 青ざめて 漂いあるく、
湖のスゲは枯れ
  歌う鳥とておらぬといえども。



*


John Keats (1795-1821)

Keats については、October 2000を参照のこと。


la belle dame sans merci: = the beautiful lady without mercy

knight-at-arms: = man of arms, warrior on horseback
『warrior』は『戦士』『武者』。
英語の『knight』は身分階級をも意味するのに対して、日本語で『騎士』といえば「鎧甲に身を固め剣をおび馬にまたがった姿」としての騎士を指すのが一般的と思われる。

And made a sweet moan
妖精は人の言葉を話すことはなく、歌うか、ただ声を出すかだけと考えられた。『moan』の辞書的意味は「うめく」。

manna dew
『マナ』は、むかしエジプトを脱出したイスラエル人が荒野で神から恵まれたとされる食べ物。地表におりた朝露が乾くと鱗状になって、彼らはそれを集めて食べた。白くて、味は蜜を入れたせんべいのようだったという。(旧約聖書、出エジプト記 XVI)



1819年に書かれた 'La Belle Dame sans Merci' は、イギリスのロマン派を代表する作品のひとつ。

晩秋の荒涼とした景色の中をさまよう騎士。通りがかった人の問いかけに騎士は答えて、あやかしの美女との夢のような出逢いを語る。その美女は、男を惹きつけては破滅させる魔性の存在であった。

展開するシーンはタピストリーに綴られた物語を思わせる。騎士に問いかけたのは、吟遊詩人か、それとも次の犠牲者となるかもしれなかった若者か。前者であればこの話を物語として詠い広めるであろうし、後者であればこの話がひとつの戒めとなっただろうか。

この騎士は、過去の犠牲者たちが警告してくれたために現実に立ち返ったものの、死なぬまでも魂を抜かれたような有様。この先しかと生きることはおろか、自分の務めである戦いも満足にできないに違いない。

彼が語るのも、人に説明するためというよりも、言葉にすることで甘美な記憶を確かめるためとさえ感じられる。憔悴や悲嘆でさえ、今の彼にとっては倒錯した快楽なのではないか。

このような、官能の魅力で男を愛に狂わせ死に至らしめるようなイメージの女性は、『ファム・ファタル』 (femme fatale) と呼ばれる。『運命の女』『宿命の女』である。19世紀末の文学・演劇・絵画に好んで取り上げられた。


絵に描かれたファム・ファタルとしては、Waterhouse (1849-1917、イギリス)の作品が美しい。



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