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レポート 280602
レポート課題: 『009』グッズの企画
標題: Project Zero/日陰者グッズを開発せよ!
街には、キャラクターグッズがあふれている。生まれては消えるその無数ともいえるグッズの中で、ヒット商品を生み出すのは、並大抵なことではない。 だが、ただ売ればいいのか。そこに、独自の文化を形成する精神が、存在する必要はないのか。その時、キャラクターグッズの在り方を根底から問い直す、奇想天外な企画が生まれた。これは、幾多の困難をものともせず、実現不可能なプロジェクトに挑んだ、一人の若者の物語である。 (ここは、中島みゆき『地上の星』を歌いながら読んでください。) [役員の気まぐれ] [予 算] [ 「売れてはいけない」?!] [屈折したファン心理!] [「日陰者」のテツガク] [「役に立たない商品」とは?!] [モニターがいない!] [孤独の戦い] [常識の壁] |
郊外のショッピングセンター。昼食時を過ぎて、4階のフードコートは、すいていた。ハンバーガーショップのカウンターに近い禁煙席で、一人の女性が待っていた。林田亮太は、おそるおそる声をかけた。 女性は、コーヒーの紙カップをテーブルに置いて、林田を見上げた。ひとこと、尋ねた。「今度は、何なの?」 彼女は林田の婚約者で、唯一の試作品モニターだった。 入社3年目。林田は、ある商社の新部門に配属された、唯一の係員であり、責任者でもあった。キャラクターグッズの企画製造販売を、任されていた。彼の成果次第で、その後の会社の方針が決まることに、なっていた。 プロジェクトの話を聞いて、彼女は、言った。「とにかく、早く形にしなければ、リストラされてしまう。」 その通りだった。だが、どうすればいいのか。指定されたキャラクターは、彼に馴染みのないものだった。部門を立ち上げる時に、ある役員の発案で決定されたのだ。著作権の交渉も、すでに済んでいた。 林田は、3日間悩んだ。だが、逃げるわけにはいかない。意を決して、発案者である役員に面会を求めた。意外なことに、すぐに、部屋に招かれた。初めて足を踏み入れる役員室フロア。緊張で、全身が固くなった。 |
「林田さん、実現が極めて困難なプロジェクトだったわけですが、その責任者に任命された時、どうお感じになりました?」 「ど、どうって―― 困った、としか・・・。」 「でも、夢がありますよね。」 「あ、いえ、とてもそんな余裕は・・・。」 「なるほど、期限が限られていたわけですね。」 「・・・・・・。」 「さて、林田さんは、役員室で、あることを命じられます。続きをご覧ください。」 |
林田に渡されたのは、キャラクターに関する資料だった。『サイボーグ009』。A5判のマンガ本が28冊。キャラクター図鑑などと、20年以上前のアニメ雑誌十数冊。ビデオが15本あった。多くは役員の秘蔵品、だった。 そして、林田には2つの課題が与えられた。ひとつは、「使えない」グッズであること。もう一つは、「売れてはいけない」ことであった。 「売れてはいけない?」 怪訝な顔をする林田に、役員は言った。「[日陰者ファン心理]だよ。」 林田は、頭がクラクラする思いだった。資料を預かって自宅に持ち帰り、じっと考えた。[日陰者ファン心理]。 それは一体、何なのか。 だがまず、資料を検討することが先決だ。林田は、そのほとんどが自分の生まれる前に描かれたマンガを、全巻、読破した。もちろんビデオも、全話観た。ナンバーのついたキャラクター、9人の顔と名前を、全て暗記した。 しかし、そこで得られるのは[自分の感想]でしかなかった。壁に、突き当たった。 訪ねてきた婚約者が、見かねて言った。「一人で考えているより、ホームページを見てみたら?」 林田は、今まで自分の知らなかった世界がそこにあるのを、知った。ファンの多くは[おとな]だった。他のメジャーなマンガよりも、ずっと複雑な精神世界が形成されていた。屈折した登場人物や設定が、反映されていた。 長年にわたる熱心なファンであるにもかかわらず、その事実を人には知られたくない。長くマイナーな存在であったため、素直になれない。部外者にとってはなんでもないキャラクターのポスターを、直視することができないファンさえいた。 [隠れキリシタン]――そんな言葉が、思い浮かんだ。 林田は、自らサイトを立ち上げた。小規模ではあっても、複雑なファンの思いが直に感じられた。それが、役員の言ったことだったのだ。出口が、見えた。 |
「さて、きょうは、林田さんの考案されたグッズをいくつかお借りしてきています。 「これは、マウスパッドですね。9人のキャラクターが並んでいます。こちらのモニタをご覧ください。ちょっとマウスを操作してみましょう。 ――が、あれ? マウスポインタが動きません。」 「オモテ面は透明度が高く、滑りやすいプラスチックが貼ってありますから、光学式ボール式どちらのマウスも使えません。」 「そして、この裏。一般的なエコロジー柄ですね。」 「はい、裏はボール式マウスが軽く動く素材を使い、光学式にも対応しております。オモテ面の周囲には滑り止めがしてありますから、裏返したとき安定します。」 「なるほど、では―― おや、今度はスムーズにポインタが動きます。ということは、キャラクター柄のマウスパッドとしては、使えない、と。なるほど。 「そして、このブラウン管モニタ。フィルタに、タネと仕掛けがあるんですね。ちょっと、はずしてみますが ――ほら、裏側から見ると、えっと、これは、ゼロゼロ――ナイン、でよかったですか?」 「はい、009、です。光の強さの関係で、通常は使用者側からは見えません。」 「ウィンドウフィルムと同じ原理、と考えていいでしょうか。 「そして、次はこちら、シンプルな湯飲み茶碗です。熱湯を入れてみましょう。ほ〜お、周囲に文字が出てきました。『人に好かれる十箇条』。そして、この底の、裏の真ん中ですが、下から見ると―― ああっ、確かにキャラクターが浮かび上がっています。あ、熱つつっっ。」 「95度以上で発色する色素を使用しています。」 「他には―― カー用品ですね、これはかわいらしい、ホイールカバーですが。」 「4枚セットで、表は顔文字のレリーフ、裏には002、003、004、009をそれぞれカラープリントしました。」 「いや、まいりました。クルマにつけてしまったら、キャラクターがゼッタイに見られないですよ。さて、次のこれが、試作品モニターに太鼓判を押されたというグッズなんですが。」 |
グッズの企画も軌道に乗ってきた頃、林田はふと思った。「これで、いいのだろうか。」 自分は、物のウラ面ばかり利用してきたではないか。もっと、正々堂々と[使えない]物を考えるべきでは、ないのか。 林田は、必死になって新しい方向を探った。行き詰まって散歩に出た時、一軒の家のガレージに、目が釘付けになった。あることがひらめいた。一気に企画書を書いた。 そして、ついに、その試作品が手元に届いた。林田は、たった一人モニターを引き受けてくれている婚約者に、見せた。彼女は即座に言った。「たぶん、ファンなら使えない。」 予測通り、だった。 赤いクルマ用静電シール。フェンダーからドア、リアのサイドと、つなげて貼ると、長さ4メートル近く。キャラクターのシンボル、黄色いマフラーをデザインした曲線が流れた。ボンネット用の、4コの黄色い楕円シールと、セットになっていた。 決定作はもう一つあった。真っ赤なボディーカバー。その両側面には、先端近くからリアまで、静電シールとほぼ同じデザインの黄色いラインが、うしろ上がりに広がっている。ボンネットの部分には、サイコロの4の目の位置に、黄色い楕円形が配置されていた。 [日陰者ファン心理]。 キャラクターを愛しながらも、世を忍び、人目を忍ぶファンたちが、これを使うはずがない。林田の、究極のアイディアだった。 「林田君、よくやった。」 役員は、若い頃よく行ったという中華屋に林田を連れだし、苦労をねぎらった。大盛りの焼きそばに、林田の目頭が、熱くなった。プロジェクトのスタートから、3ヶ月、経っていた。 |
(この枠は、中島みゆき『ヘッドライト・テールライト』を歌いながら読んでください。) その1年半後、『サイボーグ009』は、新たなアニメとしてスタート。それは同時に、屈折した心情を持たない[新世代]ファンの拡大を意味した。 [日陰者ファン]に同化していた林田さんは、違和感をぬぐい去ることができなかった。時代は、変わった。新シリーズ開始の6ヶ月後、ついに、2年3ヶ月の間続けた009ファンのサイトを、閉鎖した。 会社の新部門はナンセンスグッズの企画販売部として確立、すでに自分の手をはなれていた。 林田さんは、今は以前の職場に戻り、奥さんと平穏な日々を過ごすかたわら、各種の資格取得を目指して、勉強に励んでいる。 その林田さんが今も大切にしている、ひとつの[グッズ]がある。それは、009ファンサイト時代に、他のサイトオーナーから送られた、キャラクターイラストの手作りうちわである。 「実際に使ったことはないですね。書類封筒に入れて、ファイル立てに立ててあります。作られたオーナーさんも、そんなふうにしておられるんじゃないでしょうか。そこが、いいんです。」 古き良き時代の、屈折した日陰者ファンの精神が、そこにはあった。 |
元編集人: 涼ちゃん、これは「名作パロディ」に提出した方がいいんじゃない? |