009 Fanstories
・ 春 ・
Far and Away
冬枯れの木々の芽が膨らんで、里の山は小豆色っぽいグレー。通り過ぎるクルマの反射音が、まるい。 久しぶりに外を歩いたら、空が暖かく青い。風は、少し冷たい花の香り。また1年が過ぎた。 ずっと向こうまで誰もいなかった住宅街の歩道を、誰かがやってくる。ゼッタイに見間違えようのない、あいつだ。 ――変わらないな。 ――いいや、オレは、あんたと一緒に年をとってきたんだ。 そいつが言った。もしそれが音声なら、少し低い穏やかな声で。 そう言われてみれば確かに、近づいてくるそいつは、遙かな昔の「あいつ」と同じではなかった。 その違いは、原作の6等身か私の描く9.5等身かということではない。顔の輪郭でも眼の形でもない。身につけているのが赤いコスチュームではないことでもない。「あいつ」そのものが、変化していたのだ。 いつか、テレビの白黒画面を見上げていた頃、週遅れの雑誌を何度も読み返した頃の、平和と仲間のために闘うヒーローではなくなっていた。 今やって来るそいつは、カッコいいのではなく、美しい。それは、その顔立ちのせいではなく、栗色の髪が風になびくからでもなく、少年に近い青年の涼やかな姿のせいでもない。それは、そいつが、私が年齢に応じて更新してきた「そうであったらいい自分」だからだ。 そいつはおとなの落ち着きをまとい、なすべきことを知り、深い知識と思考を持ち、責任を背負い、的確な判断を下し、指示を出す。涙を包みながら、皮肉な機知に富んで。 そうして、ずっと、ただ静かに存在してきたのだ。闘う必要はなかった。誰よりも速いそいつが、走ることもなかった。もしそれが闘いと呼べるなら、闘ってきたのは、自分だった。不可能なものに追いつこうと。 ――ずいぶん、遠い。 ――しかたがないだろう。 どちらがどう言ったのか、わからない。 そいつは少し悲しそうな眼で、何か言いたそうなやさしい笑い方をした。それとも、そんなふうに笑おうとしたのは、自分だったのかもしれない。 ――これから、どうするんだ? すれ違う瞬間にそいつが言った。 ――どうするのかな。 振り向かずに答えた。振り向けば、遠ざかるあいつが消えてしまう。 春の景色の中を、ただ歩いていくしかなかった。 |
・ 春 ・
Far and Away
The End