営業一課長の死 
         
         
        ああ、はやいっていえば、もう三回忌ですね。 
         
        君のお父さんだったかな? 
         
        違いますよ、営業一課長ですよ。うちは来年です。 
         
        そうだったか・・・・・。はやかったのか、長かったのか。君は総務だから、葬式に行ったんだったな。 
         
        はあ。すごい昔風の葬式で、村中総出って感じで――ああいうの、初めて見ました。でも、なんだか変だったんですよ、今だから言いますが。 
         
        金田一探偵でも来てたか? 
         
        ハイ、唐揚げとナマ中ジョッキ、おまちどうさまでした。 
         
        ああ、どうも。 
        違います。――なんだか、家族の人に塩でも撒かれそうな雰囲気で。 
         
        ああ、――だろうな。たぶん、会社に殺されたくらいに思ってるんじゃないかな。何しろ死亡の連絡だって社には直接はなかったんだから。 
        石を投げられないだけ、マシだったかもしれない。何も言われなかった? 
         
        一言の挨拶もなしで、睨まれましたよ。怖かったです。でも、どうしてなんです? 
         
        本人が悪いと言えば悪いんだが・・・・・。 
         
        ・・・・・? 
         
        竹崎さん、ガンが再発してどうしようもなくなる前に、さっさと辞めて実家に帰ればよかったんだ。だけど、いろいろやめられない事情があったんだな、本人にとっては。 
         
        何かあったんですか? 
         
        うちの課に総合職の女のコ、いるだろ。そのコを残しては辞められないって、思い込んでたんだ。これは竹崎さんが自分で言ってたから。 
         
        あの、やたらにキャリアウーマンのマニュアルっぽい人ですか? 
         
        彼女なりに精一杯やってるんだよ、でも・・・どこかずれてるのは確かだな。で、竹崎さんとしては、一人前になるまで父親みたいに面倒見てるつもりだったわけ。 
         
        「父親」、ですかぁ? 
         
        そういう顔するんじゃない。 
        それに、奥さんが実家にすんなり入れない、結婚のときの事情もあったはずなんだ。 
        だけど、実家のほうには「自分がいなきゃ会社が困るから辞められない」って、ずっと言ってたらしい。向こうは早いとこ戻ってきて欲しかったそうだけど。 
         
        造り酒屋ですよね。 
         
        会社勤めなんかより、よっぽどいいと思うがなあ。もったいないよ。 
        で、まあそういうわけで、遺族としては、「本人は意思に反して死ぬまで会社に縛りつけられてた」と思って当然だろう。 
         
        なるほど。でも、そういう都合で僕まで遺族に恨まれちゃ、迷惑ですよ。 
        それに実際には、入院してた時だって、誰も何も困らなかったんでしょう? 営業部が収拾つかないなんて、一度も聞いてないですよ。 
         
        そういうこと。係長が代行するし、部長だっているわけなんだ。俺も半分肩代わりしたけど。 
         
        けっきょく営業部は一課と二課が統合されて、効率化できたそうですが? 
         
        まあね、もともと2つにわけておく必要はなかったんだし。 
        こうして総務係長の君まで地方回りにかり出される状況だから、合理化は万々歳だろう。 
         
        営業一課長は、いなくてもいい人間だったってことですかね。 
         
        課長は必要だけど、<竹崎>でなくても、別にかまわないわけさ。 
        竹崎さんだけじゃない。俺が今日突然死しても同じことだろ? 明日から誰かが代わりをするよ。「あなたなしでも会社は動く」ってね。 
         
        ――「べつに僕でなくてもいい」わけですね。 
         
        しかし、そうとわかっていても、というより、わかってしまうと――よけいに「自分だけは必要とされている」と思っていたいもんだろ? 
        ――まあ、もしかしたら、誰もそんなこと考えないのかもしれないな。で、ある日突然自分のところに降ってくるまで、気づかない。たいていは最後まで気づかないで済んでしまうんだろう。 
         
        そうですよね。 
         
        あの人が悲劇的だったのは、たぶん「本気で思いこんでた」ってことだ。俺にはあそこまで必死になれないよ。 
         
        自分がやらねば会社は、営業はどうなる、とか、このコには私が必要だ、とか――生きがいって感じで・・・・・。 
         
        だろうな。あ、すみません、ピリ辛ウィンナーとポテト、それと黒生2つ――でよかった? 
         
        あ、はい。それと、僕、タイのかぶと煮。 
         
        俺が営業二課長になったのだって、言ってみりゃあの人の「本気」のとばっちりでさ。4年前、入院するときのご指名で、それが通ってしまった。別に恨んでるわけじゃないけど、俺は施設課のほうが性に合ってたのに。 
         
        でも、どこから見ても「営業課長」ですけど。 
         
        (無視) 
        本気で思いこんでたから退職したんだよ、あの人は。普通なら、仕事が無理なら期限いっぱい休職するだろ? 
         
        そういえば、そうですね。その間は働かなくても給料が入りますからね。 
         
        自分が営業一課長のまま休職してたんじゃ仕事が回っていかないから、早く次の課長を、って、そういう配慮だったんだ。 
         
        はあ。 
         
        ――竹崎さん、退職してから挨拶に来たんだが、死ぬ何ヶ月前だったかな。その時・・・・・・。 
         
        死神でもついてたんですか? 
         
        うん? ああ、たぶん。――あれは見たくなかったなあ、本当に。 
         
        どうも怪談は苦手で・・・。 
         
        そんなことじゃ困るぞ。場合によっちゃ、死神より怖いんだからな、人間ってのは。 
        ――部長のとこでありきたりの話してて、最後に、誰が次の課長になったか聞いたんだよな、竹崎さん。ほんとに期待に満ちた、って感じの顔でさ。たぶん、自分の後継者にどんな有能な人材を持ってきたか、って思ってたんだろう。 
         
        ・・・・・・・。 
         
        部長が「私が兼務しているから大丈夫だ、問題はない。」って言った時の、竹崎さんの顔。見てるこっちが怖かった。あんな凄まじい落胆の表情ってのは・・・・・・。一瞬、竹崎さんの周りがブラックホールになったような気がしたよ。 
         
        身もフタもない言い方ですね、部長も。 
         
        せめて、「人選が難しいから今は兼務だが、早く決めてもらわないと困る」くらい言ってやれよなあ。自分が人生かけてきたつもりの仕事、兼務で問題ないなんて言われてみろ。 
        確かにすごい仕事してたってわけじゃない。要領もよかったとはいえない。だけど「自分の存在意義」ってのは、本気じゃなくても心のどこかで信じていたいんだよ、誰でも。 あの人はそれを支えに20年以上頑張ってきたんだ。 ・・・それを何もわざわざ潰さなくてもいいじゃないか。 
         
        精神的ダメージで死期が早まったのかもしれませんね。 
         
        ああ、絶対にそうだ。そういう意味なら、「会社に殺された」ことになるのかな。 
         
        僕はそんなふうにはなりたくないです。第一、そんなに思い上がれませんよ。 
         
        しかし、思い上がりもないと、世の中進まないんだよ。みんなが「自分がやらなくてもいい」「自分でなくてもいい」と思ってたら、まあ、文明は急速に衰退して、いつか自由の女神が砂に埋もれる時がやって来るんだ。 
         
        なんですか?それ。 
         
        昔の映画。――なんか、めっきりと疲れたなあ。もう1軒、行こうか。      
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