裸の王様 ん、本来なら営業一課の仕事なんだけど、まとめてやってしまおうと思って、EXCELで。 それって、営業一課長、気ィ悪くしない? 仕事取ってしまって。 別にいいんじゃない。でも、一課の人と一緒にやってるのは、ムッとするかも。人気とられたみたいに思ったりして。 と思う。家にパソコンあるそうだし。夏休み中にEXCEL勉強するって、自費で本買ってたし。前はロータス使ってたんだけど、ついに転向するんだって。 で、勉強できたわけ? だろ。部屋では使ってないみたいだけど。でも、監視してるわけじゃないから。 それって、あやしい。紅白饅頭かけてもいいけど、使えないんだよ、きっと。 あ、君が紅白饅頭食うのね。あの人、EXCELについては結構詳しいこと言ってるよ。 知識があることと、それが実際にできることとは別だって。いくら本を読んで知ってても、それだけでクルマが動かせるわけじゃないよ。それに、じゃあ、ロータスは使ってるわけ? うーん。それもそうだね。このあいだ小山さんに「営業経費の計算なんかわざわざEXCEL使うほどのことはない、ワープロでやっても2〜3日だから」なんて言ってた。前任者の淵さんはロータスでやってたんだけどね。 2〜3日! 絶対にあやしい。本当はロータスだってできないんだ。 君は、営業一課長がパソコン使えると、何か困るの? べつに。ただ、あくなき真理の追究。 へーへー。でも、小山さんにEXCEL教えてたら、イヤミ言ってた。「小山君もEXCELを習いに行くくらいの熱意を持ってもらいたいもんだ」って。自分はできるってことじゃないのかな。 悔しいだけだって。他の人が仕事に使ってるのが。 最近はオバさんたちまでEXCELに熱中して、昼休みなんかもみんなパソコンで盛り上がってる。疎外感はあるかもしれない。 危機感だろ? 営業部がビジターに乗っ取られるみたいに思ってるかも。 まあ確かに、自分のやってきた方法が他に取って代わられるのは、抵抗があるだろうけど。今だって得意先の資料、データ300件以上あるのを、ワープロのソート機能で処理したりしてるからね。とても無理で、いくつかに分けてるみたい。 うーむ。 そういえば、EXCELでやってみると言ってた計算表だって、プリント見たらキャノワードだった。それに、参考にして一課用に作り変えるって言うので、伝票処理のシートをフロッピーに入れて渡したけど、その後姿を見た者はないし。うちの課のバックアップ用のファイルが読めなくなったのだって、なんだか変だし。 これこれ、その方、営業一課長をかばうふりをして、蹴っ飛ばしておるのか? めっそうもない。 それにしても、状況証拠からすれば、パソコンを使えないのは明白。あとは本人の自白だけだな。だけどこの事、誰も何も言わないわけ? うん。みんな、思ってるようだけど、口には出さない。 課長はパソコンできるフリを続け、課員はそれを信じるフリをする。課長は課員のフリを、フリと知っているか否か。 真相は闇の中だってば。 バイトで若い女の子1人入れてさ、その子が「ええっ。課長、EXCEL使えないんですかあー」とか、言っちゃうとおもしろいんだ。 『裸の王様』だね。でも。 何? 寂しいね。 |
NOTES 営業一課: この事業所(中小企業)では、大した必然性なしに営業部が営業一課と営業二課とに分けられているが、2つの課で1つの部屋を使用している。話者は営業二課長である。 ・・・>本文 EXCEL: マイクロソフト社の表計算ソフトウェア。同社の基本ソフト Windows の普及に伴い、圧倒的にシェアを拡大した。 ・・・>本文 ロータス: Lotus 123。 この話の数年前まで主流であった、ロータス・ディベロップ社の表計算ソフトウェア。 ・・・>本文 紅白饅頭: 苦手な食べ物の代名詞。 ・・・>本文 小山さん: 今年度配転で営業一課に入った若手の課員。なかなかの苦労人である。 ・・・>本文 淵さん: 小山さんと入れ替えで営業一課を出た若手。パソコンの使い手である。 ビジター: アメリカの SF TV 映画より。トカゲに似た姿の宇宙人が、人間の姿に変身して地球人社会に入り込み、勢力を増して地球人を支配するようになる。自分に理解のできないことは、時として宇宙人の所行のように感じられるものである。 ・・・>本文 キャノワード: Canon のワープロ。この事業所では、かつて全部署のワープロがこの機種に統一された。操作が非常に簡単で誰にでも使えるのが裏目に出て、「適性のない人」までがこれを使うため、皮肉にも全体としての業務能率は低下した。 営業一課長は自費で1台購入してオフィスで愛用してきた。数年前、リース契約終了に伴い管財課が新型に入れ替えようとした際、この人物の猛反対にあい、急きょ在庫品の旧型を取りそろえたといういきさつがある。 ・・・>本文 |