1889年 旅費の捻出 Indian Railway Lirary の版権 £200、Plain Tales from the Hills の版権 £50、Departmental Ditties の版権は少額だったという。 6ヶ月分の給料 4200ルピー(£275)。 Globe-trotter 寄港地 9 March: leaves Calcutta 14 March: Rangoon 24 March: Singapore 1 April: Hong-Kong 15 April: Nagasaki / 11 May: leaves Yokohama 28 May: San Francisco / 25 September: leaves New York 5 October: Liverpool インドから東回りでイギリスに帰るのは、アメリカまで同行した Hill教授夫妻がすすめたプランだったらしいが、彼自身、このあと Globe-trotter 的な生涯を送ることになる。 日本滞在 春の約1ヶ月間を日本で過ごしている。宿泊は、神戸、大阪、京都、大津、名古屋、横浜、箱根、日光、東京。 Kipling は Pioneer へ旅行記を書き送ることになっており、全行程で 39 の記事を書いている。そのうち 12 が日本で書かれたもの。この第1回日本旅行記は、From Sea to Sea (1899) に入っている。 Kipling's Japan : Collected Writings, Hugh Cortazzi & George Webb ed. (Athlone Press: 1988) には、2度の日本旅行で書かれた旅行記がまとめられている。 この本では、Hill教授の撮影したラブリーな写真が見られる。京都の写真で、「It may have been part of the Yaami's Hotel complex.」と説明されている金閣寺めいた建物の正体は、吉水温泉(円山温泉)と呼ばれた、今でいえばヘルスセンターのような施設。彼らが宿泊した也阿弥ホテルのすぐ近くにあった。明治6年(1873年)開業。 Kipling が也阿弥ホテルに宿泊したのは明治22年。也阿弥ホテルは明治32年に起きた火災のあといったん再建されたが、明治39年に再びほぼ全焼した。このとき類焼した吉水温泉は廃止された。也阿弥ホテルも復興がなされないまま明治41年に営業をやめた。 |