レポート 040900
レポート課題: ジョーの写真嫌いに関する考察
標題: 男の友情


ジョーが写真を撮られるのが嫌いなのは、むかし不良だったからである。反社会的行為を常習とする者にとって、第三者に<自分の写真を撮られる>のは自分の意志や目的に反する場面あるいは状況に於いてであることが多く、<ろくなことはない>からである。

防犯カメラ然り、自動速度取締装置然り。さらに国家権力代行諸機関の手中に落ちた場合、最悪の場合逮捕に至るまで、意に反する写真撮影の機会には事欠かぬであろう。

<三つ子の魂百まで>と言うがごとく、少年期に写真を撮られることに対して負の印象を強く持ったがために、ジョーはいまだに写真撮影に際して安寧なる心情を保つことに多大な困難を感じるのである。

しかし、世に<背に腹は代えられぬ>とも言う。クルマの修理代により経済的困難に陥った彼が引き受けたバイトは、写真のモデルであった。

先週一人で街を歩いていたとき、スカウトに声をかけられた。ラクそうな仕事ではある。力仕事の方が気楽ではあったが、前に一度建築作業現場で失敗して懲りていた。そこで今日は、ちょうど日本に来ていたジェットとアルベルトを誘い、フォトスタジオにやって来たのだった。

スタジオの控え室に通された三人に、スタッフの一人が忙しそうに言った。「はい、じゃあすぐに入ってもらうから、準備しといてちょうだい。」

「あのぉ、準備って、なんですか?」
「脱ぐの。で、そこのそれ、はおっといて。」そう言って、男は乱雑にたたまれた白い布の山を指差し、あたふたと部屋を出ていった。

そんなはずではなかったのだが、もう遅かった。ジェットが面白がって、さっさと服を脱いでしまったのである。シーツほどもある白い布をギリシアの神様のように身体に巻き付け、「な、どーだ?けっこ似合うだろ? おい、さっさとしろよ、ジョー。」

「ええいっ、FTOの板金塗装代だっ。」そう思ってジョーも脱いだが、もちろんアルベルトはジェットのような性格ではなく、ジョーのような経済的理由もなく、そのかわり彼には彼の事情があったから、服を脱ぐわけにはいかなかった。

戻ってきたさっきの男が「ま〜ぁ、とーってもキレイっ。ステキよぉぉ!」と言うのを聞いて、ジョーは「ブキミなヤツ・・・」と思った。しかし、こいつだってとりあえず<雇用者>側の人間である。聞かなかったフリをした。

アルベルトは、自分に視線を向けたその男に、「俺は付き添いで来たんだ」とドイツ語で言った。ひるんだ男は、「ま、いいでしょ、とにかく二人だけでもこっちに入ってくれる?」と、はしゃぐジェットと辛うじて仏頂面を我慢したジョーを撮影スタジオに案内した。

「何持ってるんだ?」ジェットがジョーの荷物に気づいて訊いた。「うん、ちょっと。」

「はい、じゃあ表現力を見るから、このビデオのとおり、ちょっとやってみて。先生がいらっしゃるまで、練習しててちょーだい。」男はそう指示してビデオを動かし、ある場面でポーズボタンを押した。

「これを、やるのか・・・・・」ジョーはげんなりしたが、ここまできてやめるわけにもいかない。荷物を壁ぎわに置いて、ジェットと一緒に部屋の真ん中に立った。

「オレがこっちの神様みたいなヤツの役だよな、トーゼン。そんでもってオマエはこのやたらに初々しい美少年っ。ほら、真面目にやれよ、位置関係はこれでいいか。」ジェットは楽しそうに仕切っている。

「右腕がこうで、左腕がこうだな、よし。」「わあ゛あっっ!」いきなりジェットがジョーを抱きかかえた。「ちゃんとビデオの通りにしろったら。目をつぶって、そんで、コラ、ちゃんと力を抜いて右手をおろせよ。」

最大出力はジョーの方が大きいのだから、ジェットの抱擁をふりほどくことはできる。しかし無理にそんなことをしたらジェットの腕を折るおそれがあった。しかたがない。

「こ、こんな感じかな。」「ああ、バッチリ決まったぜ! これでいいんだろ? なあ、こいつ、わりといろっぽいよな。」

「ほんと、カンペキにステキっ。じゃ次ね。」

そこでふとジェットが沈黙し、やがてジョーを抱きかかえたまま通信装置を通して言った。『おい、ジョー、いくらだ?』

『何言ってんだよ。』

『そりゃこっちの台詞だぜ。ギャラだよ。いくらなんだ?』

『・・・・・。』

『もしかして、何も聞いてねーのか? ギャラの交渉しねーで引き受けたのか?』

『・・・・・。』

『だからオマエはお人好しだってんだ。モデルになりたいヤツは五万といるんだぜ、タダだってホイホイついてくよーなヤツがよ! くそっ、なんてこった!オレたちゃ1セントだってもらえやしねえ!!』

「まずいな。」ジョーは思った。ジェットが怒り始めると、手がつけられない。こうなれば最後の手段に頼るしかないだろう。

『ったくもお!』うまい具合に、ジェットが腕をほどいた。

「加速装置っ!」

ジョーは壁ぎわに置いた荷物から防護服を取り出して身につけ、反対側の壁をぶち破って逃走した。アルベルトは二人の会話を傍受した時点で沈着かつ冷静なる判断を下し、速やかに退却していた。

ジョーの加速によって生じた衝撃波でボロボロになった室内には、「あのヤロォっ!自分だけ逃げる用意してやがったんだ!」と怒るジェットと、わけがわからず唖然とするブキミ男が残された。

【ジョーはなるべく世間の迷惑にならぬように走るコースを選び、自分のマンションにたどり着いた。それでも、夜のニュースでは<姿なき連続ガラス割り魔><猛烈ビル風による看板落下で通行人あわや大けが>などが報じられることになるのであった。】

<備えあれば憂いなし>。日頃の心がけが役に立ったと言いたいところだが、しかし、一銭にもならなかったばかりか、服一着の損失。いつもならフランソワーズが回収して持ち帰ってくれるのだったが。大赤字であった。

「だからやっぱり写真はいやなんだ。」ジョーは着替えをして、溜息をつきながらアルベルトが来るのを待った。

かなり経ってから、ジェットもやって来た。予想に反して、上機嫌であった。(ジョーの服は持っていなかったが、そこまで期待するのは無理というものだ。)

「わはは、まかせとけって。今夜は豪勢におごってやるぜ。ジョーのおかげで大儲けってもんだ! オレさあ、昔近所のじーさんに聞いた<ゲイシャガール>っての、見てみてーんだよ。どこ行きゃ見れるんだ?」

「こりゃ、ブチ切れて完全にいかれちまってるぜ。少しは反省しろよ、ジョー。」
「・・・うん。」

さすがにジョーは「現在の日本にゲイシャガールは存在しない」とごまかして、新宿の飲屋街に繰り出した。ゲイシャガールの存在の有無に関わらず、どうせ高級店に行ってもジェットが騒いでつまみ出されることが、よくわかっていたからであった。

ところで、その夜の供述によれば、ジェットは<爆発に巻き込まれ被害を受けた>ことに対して高額の慰謝料をせしめたものであった。しかし具体的にどのような交渉が行われたかについては、二人ともあえて尋ねようとはしなかった。

なお、この一件でジョーがますます写真嫌いになったことは、言うまでもない。

* ジョーのクルマの修理の必要性については 2-Page Comedies の<キミさえいれば編>を、ジョーの防護服の件については同じく<お迎え参上編>を、ジョーとジェットのポーズについてはTheater 00-Classicsの<Hyacinthus>を、それぞれ参照のこと。

 

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