Monthly Special * December 2007
 Rudyard Kipling

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リスペス



ほら、あなたは『愛』を追い払ってしまった! これは何という神々です?
  満足させよとあなたが私に言うのは?
三つにして一つ、一つにして三つの存在ですか? そんなことは!
  私の信じる神々の元へ 私はまいります。
私の神々はより大きな安らぎを与えてくださるでしょう
あなたの冷たいキリストや もつれた三位一体よりも。

『改宗者』



彼女はヒマラヤの高地人ソヌーとその妻ジャデーの娘だった。ある年彼らのトウモロコシが不作で、しかも、サトレジ河の谷をコタガール側に上がった所にあった彼らの唯一のアヘン用芥子畑に熊が二頭入り込み、そこで夜を過ごした。それで、次のシーズンには彼らはキリスト教に改宗し、赤ん坊を伝道所に連れてきて、洗礼を受けさせた。コタガールの牧師は彼女にエリザベスという洗礼名をつけたが、高地人の(すなわちパハーリ語の)発音では「リスペス」なのである。

その後、コレラがコタガール渓谷に侵入し、ソヌーとジャデーをさらっていった。そういうわけで、リスペスは当時のコタガールにいた牧師の妻の半ば召使い半ば話し相手となっていた。これは、その地におけるモラビア派の全盛期よりも後のことで、またコタガールが「北の高地の女王」という称号を忘れ去る前の話である。

キリスト教がリスペスを改善したのか、あるいは彼女の同胞が信じる神々はどんな状況にあっても彼女に対して同じだけのことをしたものか、それはわからない。だが彼女はたいへん美しく成長した。高地人の娘が美しくなると、五〇マイルの悪路を歩いてでも見に来る価値があるほどだ。リスペスは『ギリシアふう』の顔をしていた。――よく絵には描かれるが、めったにお目にかかることはない、そんなタイプの顔だ。肌は象牙のように白く、彼女の民族にしてはずば抜けて背が高かった。それに彼女は驚くほど美しい目をしていたから、もしキリスト教伝道がもたらしたあの言語道断な趣味のプリント生地のドレスを着ていなかったら、山腹でふいに彼女に出会えば、古代ローマの話に出てくる本物のダイアナが狩りに行くところに見えたことだろう。

リスペスはキリスト教の教えに難なく馴染み、時にそうである高地人の娘たちとは異なり、一人前の年頃になってもそれを捨てることはなかった。彼女の同胞は、彼らの言うには、彼女が白人の女になって毎日風呂に入るので、彼女を嫌った。一方、牧師の妻は彼女をどう扱ったらいいかわからなかった。靴をはいて五フィート十インチある堂々たる女神に皿洗いをさせることはできないものだ。彼女は牧師の子供たちと一緒に遊び、日曜学校で学び、家にある本は全て読み、どんどん美しくなっていった。まるでおとぎ話のお姫様のように。牧師の妻はこの娘をシムラにやって保母か何かの『上品な』勤めに就かせるべきだと言った。しかしリスペスは奉公勤めをしたくはなかった。彼女は今いるところで幸せだったのだから。

旅行者が――当時はそう多くなかったが――コタガールにやって来た時は、その人たちが自分をシムラか自分の知らない世界に連れて行ってしまうのではないかと恐れて、リスペスはいつも自分の部屋に閉じこもっているのだった。

ある日、十七才になって数ヶ月たったころ、リスペスは散歩に出かけた。彼女はイギリス人のご婦人方のような、行きは一マイル半歩いて帰りは馬車に乗るという散歩はしなかった。その小さな身体で二十マイルから三十マイル、コタガールからナークンダまで、しっかりと歩き回った。その日、彼女は重い荷物を腕に抱えて、コタガールに入る急な下り坂を下り、真っ暗になってから家に帰った。リスペスが重荷に息をつき疲れ果てて入ってきた時、牧師の妻は居間で居眠りをしていた。リスペスはその荷物をソファにおき、簡単に言った。「この人は私の夫です。バギ街道で見つけました。怪我をしています。この人を介抱して、よくなったら、あなたのご主人にこの人を私の夫にしてもらいます。」

これはリスペスが自分の結婚観について述べた初めてのことだったが、牧師の妻は恐ろしさに叫び声を上げた。だが、ソファに置かれた男の手当が先だった。その男は若いイギリス人で、ギザギザのもので頭が切れて、骨が見えていた。リスペスは、斜面の下で彼を見つけて運んできたのだと言った。男の息は乱れ、意識はなかった。

男はベッドに寝かされ、牧師が手当をした。いくらかは医術の心得があったのだ。リスペスは自分が役立つ場合に備えて、ドアの外で待機した。彼女は牧師に、この人は自分が結婚するつもりの男だと説明した。それに対して牧師とその妻は、彼女の振る舞いが不適切であることを厳しく言って聞かせた。リスペスはおとなしく聞いていたが、やはり最初の考えを繰り返した。一目惚れするというような東洋人特有の非文明的な本能を一掃するには、多大なキリスト教の教えが必要なのだ。崇めるべき男を見つけたリスペスには、なぜ自分の選択について黙っていなければならないのか理解できなかった。彼女は余所へやられるつもりもなかった。彼女はこのイギリス人が回復して自分と結婚できるようになるまで看護に努めるつもりだった。それが彼女の計画だったのだ。

微熱と炎症が2週間続いた後、イギリス人は意識を取り戻し、牧師とその妻とリスペスに――特にリスペスに――礼を述べた。彼の言うところでは、彼は東洋には旅行者としてやって来て――P&O汽船会社の船団がまだできて間もなく小規模だった頃には、「世界旅行家」などとは言わなかったのだ――デラー・ドゥンからシムラの高原あたりへ植物と蝶の採集に足を伸ばしていた。だから、シムラでは彼のことを誰も何も知らなかった。腐った樹の幹に生えたシダに手を伸ばしていて崖から落ちたのだろう、人夫たちは荷物を持って逃げたのではないか。もう少し回復したらシムラに戻ろうと、彼は思った。彼はこれ以上山歩きをしようとは思わなかった。

彼はそれほど急いで立ち去ろうとはせず、ゆっくりと体力を取り戻した。リスペスは牧師からもその妻からも忠告されるのを嫌がった。それで、牧師の妻はイギリス人に話をし、リスペスの心にどんな事態が起こっているかを説明した。彼は大いに笑って言った。それはとても可愛いロマンチックな話だが、自分は本国に婚約者がいるので、何も起こらないだろう。分別を持って振る舞うことにしたい、と。確かに彼はそのようにした。しかしそれでも、そこを去ることができるほどに回復するまで、リスペスと話し、リスペスと歩き、彼女に素敵な言葉をかけ、愛称で呼ぶことが、彼にはとても楽しかった。それは彼にとって全く何でもないことだったが、まさにリスペスにとっては全てだった。彼女は2週間の間とても幸せだった、愛する男を見つけたのだから。

未開の生まれだったので、リスペスは自分の感情を隠そうとはせず、イギリスの男はそれを面白がった。彼が去る時、リスペスは心を乱し惨めな気持ちで、ナークンダまで彼について山を登っていった。牧師の妻はよきキリスト教徒であり、いかなる形の騒ぎもスキャンダルも嫌っていたので――リスペスは全く彼女の手には負えなくなっていたから――戻ってきて彼女と結婚するとリスペスに言うよう、イギリスの男に頼んだ。「あの娘はまだほんの子供ですからね、それに、どうも心の底では異教徒なんじゃないかと思うんですの。」牧師の妻はそう言った。

だから、山を登る12マイルの間じゅう男は腕をリスペスの腰に回し、自分はきっと戻ってきて彼女と結婚すると約束した。リスペスは何度も何度も彼に約束をした。彼がムッティアニの峠道に消えるまで、彼女はナークンダの尾根で泣いた。

それから彼女は涙を拭いてコタガールに戻った。そして牧師の妻に言った。「あの人は戻ってきて私と結婚してくれます。それを伝えに、みんなの所に出かけたのです。」すると牧師の妻はリスペスをなぐさめて言った。「彼は帰ってきますよ。」

二ヶ月経つとリスペスは待ちきれなくなったが、男は海を越えてイギリスに行ったのだと聞かされた。彼女は地理の初等読本を読んでいたから、イギリスがどこにあるのかは知っていた。しかし、山の娘なので、海がどんなものかという概念は持っていなかった。家には古い世界地図パズルがあって、リスペスは子供の頃それで遊んでいた。彼女はまたそれを出してきて、毎夜それを並べては一人で泣き、自分のイギリス人がどこにいるのか想像しようとした。彼女は距離や汽船について全く無知だったから、彼女の考えることはいささか見当はずれだった。

だが、彼女が完璧に正しかったとしても、何の違いもなかったこどだろう。イギリスの男には高地人の娘と結婚しに戻ってくるつもりはなかったのだから。アッサムで蝶の採集をする頃には、彼は彼女のことをすっかり忘れていた。のちに彼は東洋について本を書いたが、リスペスの名前はそこには登場しなかった。

三ヶ月経ち、自分のイギリス人が道をやって来るかどうか見るために、彼女は毎日ナークンダまで通った。それは彼女の慰めとなり、牧師の妻はリスペスが「野蛮かつ下品この上ない愚行」から立ち直ったと考えて喜んだ。少しすると、歩くこともリスペスの役には立たなくなり、彼女の機嫌はものすごく悪くなった。

牧師の妻は、真相を知らせるちょうどいい機会だと考えた――イギリスの男は彼女をなだめるために愛を約束しただけだということ――彼は全く本気ではなかったこと、それに、イギリス人と結婚しようと考えるのは間違いであり不相応だということ、なぜなら相手はよりすぐれた人間であり、しかもその同じイギリス人の女性と結婚の約束をしているのだからということを。

リスペスは、彼は自分を愛していると言ったのだし、牧師の妻はその口でイギリスの男は帰ってくるとはっきり言ったのだから、そんなことは全くあり得ないと言った。

「あの人とあなたが言ったことが、どうして本当ではないのですか?」リスペスは尋ねた。

「私たちは、おまえをおとなしくさせるための口実にそう言ったのよ、お嬢ちゃんねえ。」牧師の妻は言った。

「では、あなた方は私に嘘をついたのですね? あなたもあの人も。」

牧師の妻は頭を垂れ、何も言わなかった。リスペスはちょっとの間黙っていたが、谷を下っていき、高地の娘の着る服をまとって戻ってきた――おそろしく汚い服で、花飾りと耳輪はつけていなかった。髪は長い三つ編みにして黒いひもで仕上げてあり、それは山地の女が身につけるものだった。

「私はみんなの所に戻ります、」彼女は言った。「あなた方はリスペスを殺してしまいました。母ジャデーの娘だけが残っているのです――高地人の娘、女神ターカ・デヴィのしもべだけが。みんな嘘つきです、あなた方イギリス人は。」

リスペスが母の信じた神に改宗したという宣言によって牧師の妻はショックを受けた。そこから立ち直った時には、娘は行ってしまっていた。そして二度と戻ってはこなかった。

彼女は不潔な同胞たちに凄まじい勢いでなじんでいった。まるで自分がそこから離れていた人生の遅れを取り戻そうとするかのように。その後間もなく、高地人ふうに彼女を殴る木こりと結婚し、彼女の美しさはすぐに消え失せた。

「異教徒の突飛な振る舞いを説明する法則はありませんわ、」牧師の妻は言った、「リスペスはいつも心の中では異教徒だったに違いありません。」リスペスが生後五週間という結構な年齢で英国国教会に入れられたことから考えると、この声明は牧師の妻の名誉とはならなかった。

リスペスはたいそう年をとってから死んだ。彼女はいつも英語を完璧に話すことができたし、ほどよく酔った時には初恋事件の話を聞き出すこともできた。

その頃には、この皺くちゃで耄碌した、まさにすすけたボロ布のような人間が「コタガール伝道所のリスペス」だったとは、とうていわからなくなっていた。




*****



Rudyard Kipling (1865-1936)

短編集 Plain Tales from the Hills は、若き Kipling が印度でジャーナリストとして働いていた時代に主に新聞に掲載された作品を収録したもので、現在でも評価の高い作品がいくつも収められている。

'Lispeth'はその巻頭に収められている。Kiplingはこのキャラクターが気に入っていたようで、インドを背景とした小説'Kim'に、もっと恵まれた境遇で再登場させ、主人公Kimの窮地を救う役割を与えている。

Kiplingの文章の特徴の一つは文をつなぐ言葉が少ないことだが、さらにその文そのものが切りつめた表現となっているので、ときには意味が取りにくいこともある。インドに住むイギリス人社会を読者としていたため、仲間内には了解済みという態度で話が進められることもある。

しかし、いつの時代でも、どこにいても、「人間」は変わらない。Kiplingの観察した在印イギリス人たちは、そのことを私たちに思い出させてくれるようだ。



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