MONTHLY SPECIAL * December 2000 (1)
 Charles Dickens

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It was a hard frost, that day.  The air was bracing, crisp, and clear.  The wintry sun, though powerless for warmth, looked brightly down upon the ice it was too weak to melt, and set a radiant glory there.  At other times, Trotty might have learned a poor man's lesson from the wintry sun; but he was past that, now.  

The Year was Old that day.  The patient Year had lived through the reproaches and misuses of its slanderers, and faithfully performed its work.  Spring, summer, autumn, winter.  It had laboured through the destined round, and now laid down its weary head to die.  Shut out from hope, high impulse, active happiness, itself, but messenger of many joys to others, it made appeal in its decline to have its toiling days and patient hours remembered, and to die in peace. Trotty might have read a poor man's allegory in the fading year; but he was past that, now.  

And only he?  Or has the like appeal been ever made, by seventy years at once upon a English labourer's head, and made in vain!

The streets were full of motion, and the shops were decked out gaily.  The New Year, like an Infant Heir to the whole world, was waited for, with welcomes, presents, and rejoicings.  There were books and toys for the New Year, glittering trinkets for the New Year, dresses for the New Year, schemes of fortune for the New Year; new inventions to beguile it.  Its life was parcelled out in a almanacks and pocket-books; the coming of its moons, and stars, and tides, was known before-hand to the moment; all the workings of its seasons in their days and nights, were calculated with as much precision as Mr. Filer could work sums in men and women.

The New Year, the New Year.  Everywhere the New Year!  The Old Year was already looked upon as dead; and its effects were selling cheap like some drowned mariner's aboardship.  Its patterns were Last Year's and going at a sacrifice, before its breath was gone.  Its treasures were mere dirt, beside the riches of its unborn successor!  

From The Chimes



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その日は凍てつく寒さだった。空気は身を引き締めるようで、パリパリとして、澄んでいた。冬の太陽は、暖かさを与える程の力はなかったものの、自分にはとかすことのできない氷を明るく見下ろし、そこに燦然たる光輝を示していた。

他の時であったら、トロッティはこの冬の太陽から貧者の教訓を学んだかもしれなかった。しかし今や彼は、そんなことは考えなかった。

<一年>は老いていた。忍耐強い<一年>は、中傷者たちから非難され、酷使されながらも生き抜き、誠実に自分の務めを果たしてきたのだ。春、夏、秋、冬、と。<一年>は定められた道筋をなんとか骨折って一巡し、今まさに疲れ切った頭を横たえ、逝こうとしていた。

自分のためには希望も感情の高ぶりも、積極的な幸福も一切なく、ただ他の者たちに多くの喜びを届けるメッセンジャーとして働き続け、その最期の時にあたり、苦労の日々や耐えた時間が記憶に留められるよう訴えかけて、穏やかに死んでゆこうとしていた。

トロッティは、この消えゆく年に貧者の寓話を読みとれたかもしれなかった。しかし彼はもはや、そんなことは考えなかった。

だが、それは彼だけなのだろうか。それとも、一人のイギリスの労働者の想像力に対して同様の訴えが70年分いっときになされたとしても、それは無駄だというのだろうか。

街の通りは賑やかさにあふれ、店は派手に飾り付けてあった。<新年>が、全世界の世継ぎであるかのように、待ち望まれていた。歓迎の言葉と、贈り物と、喜びの気持ちをもって。

<新年>のための本や玩具、<新年>のための煌く装身具、<新年>のためのドレス、<新年>のための運勢表。すべて<新年>を喜ばせようと新しく作り出されたものであった。

<新年>の一生は、暦や手帳のページ上にきっちりと区分けされ、月の出、星の動き、潮の満ち引きが、わずかの違いもなしに前もって明らかになっていた。四季の仕組みは、夜も昼もすべて、ファイラー氏が人口統計に関して行う計算と同じ正確さでもって算出されていたのである。

<新年>、<新年>。どこでもかしこでも<新年>。<旧年>はもはや死んだものと見なされ、その動産物件は、水死した水夫の遺品のごとく、安売りされた。その型は昨年型というわけで、息をひきとる前から見切り処分されていた。

いまだ生まれぬその世継ぎの富に比べれば、<旧年>の宝物など、ただの塵にすぎないのであった。

The Chimes より



*****


Charles Dickens (1812-1860)

19世紀イギリスを代表する文豪。海軍で書記をしていた父親が経済観念に乏しい人間であったため、少年時代には家族が一時<債務者監獄>に入り、Dickens自らは靴墨工場で働くなどの苦労をするが、やがて新聞記者となって活躍し、短編集 Sketches by Boz 『ボズのスケッチ』で作家として認められる。

The Great Expectations 『大いなる遺産』、The Tale of Two Cities 『二都物語』、Oliver Twist『オリバー・ツィスト』などの作品は映画やミュージカル化されて、日本でも紹介されている。(作品のいくつかは宝塚でも上演された。)

The Chimes は1844年のクリスマスに向けて出版された、Dickens の Christmas Books 第2弾で、前年の A Christmas Carol (現在ではこちらが圧倒的に有名)を凌ぐ売れ行きを示した。

The Chimes の主人公は、その<小走り>からTrotty(トロッティ)と渾名される 'ticket porter'(公認配達業)のToby Veck。貧しくも善良な老人である。しかし大晦日の日、お偉方の言うことや新聞記事に影響を受け、自分たち<貧しい一般庶民>の存在意義を疑い、"We're Bad!"と、自分たちの価値を否定してしまう。そのため、真夜中に<鐘の精>に呼び出され、罰として怖ろしい<未来>を体験させられることになる。

クリスマスに[ゴーストストーリー]。外は荒涼たる寒さが支配するが、屋内では明るく燃える暖炉を囲んでの家族団欒。そこで語られる不思議な話、不気味な物語は、長く暗いイギリスの冬の夜を盛り上げる。Dickensは、長編中の挿話としても、この種のストーリーを数多く書いている。

もちろん、The ChimesにはDickensならではの[社会小説]的要素が盛り込まれており、それを忘れてはならない。しかしそれよりも、このファンタジーにのせた素朴な[人の心のやさしさ]が、時代を超えて読み継がれている理由だろう。

ここで紹介しているのは、The Second Quarter(第2鐘)の先頭に近い部分。<一年>を擬人化することにより、人間がどのように1年を過ごし新たな年を迎えるのかを、皮肉な調子で描いている。

暑いとか寒いとか、悪い年だとか、人間は不平不満を言う。しかし人間がどう思おうと、時は定められたように流れ、<一年>が終わる。人間は来る<新年>に浮かれて、自分たちも流されていくことに、そして、自分たちが過ごしてきた<旧年>の意味に、気づかないかのようである。

「クリスマス商戦」「お正月用品」「昨年モデルのディスカウント処分」などといった現在の日本の年末と通じる部分もおもしろい。2000年の年末には「前世紀モデルの処分」となるはずだが。

クリスマスブックスに興味をお持ちの方には、『鐘の音』よりも『クリスマス・キャロル』を、なるべく古い翻訳で読まれることをおすすめします。
なお、『クリスマス・キャロル』は、何度か映画化されています。原作に忠実なものや、現代のアメリカを舞台にした翻案物『3人のゴースト』(原題:Scrooged、1988年)などがあり、観比べてみるのも楽しいでしょう。


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