Back

3つの願い(2)

 <問> 1. 長距離トラックのドライバー、2. 建築設計士、3. 医師、4. 漫画家 のうち、「私が子供の頃やってみたいと思いながら諦めたことを今でも後悔している」職業はどれか。
    [正解: 4]

・・・・・・・・・・

 たとえば、道路が渋滞する。 主要道路についてはラジオボードで情報が提供される。 カーナビだってあるかもしれない。 しかし、それらがなければ、走ってみなければわからない。 この先はずっと渋滞しているのか。 もしそうなら、別のルートに回ったほうが早いのか。

 そして、結果としてどちらの道を選んだほうがよかったのか、走ったあなたには、わからない。 あなたは一人、同時に2ヶ所に存在することはできないからだ。 わかるのは、自分が選んだルートの混み具合だけだ。

・・・・・・・・・・

 子供の頃、医者通いが多かった。 病院や医院にはマンガ雑誌がたくさん置いてあった。 熱を出しても、喉が腫れても、胃がひっくり返っても、マンガが読めることで幸せだった。

 自分でも描いてみたい。

 ところが不幸なことに、私は大変に真面目であった。 その上にトロかった。 宿題にテストと、義理を通して人情が犠牲になってしまった。 テキトーに手を抜いて時間を作る、要領の良さに欠けていた。

 もう一つ不幸なことに、私は妙なふうにマセたガキであった。 コワイもの知らず、無邪気、とは無縁であった。 自分の絵の下手さに嫌気がさし、あっさりと見切りをつけた。 たった1枚だった。

  もっとも、その見切り処分はタワケた勘違いでもある。 子供が初めて描いたマンガの出来がプロと同等だったら、プロの漫画家という存在は成立しない。

 しかしとにかく、努力や根性という言葉は、辞書にはあっても使いたくなかった。

  誰のせいでもない。 才能があったかもしれない、とも思わない。 頑張れば何だってできるとは、昔も今も、思っていない。 ただ、<ほんとうにできない>のかどうか、確かめてもよかったのではないか。

・・・・・・・・・・

 あの交差点で曲がらずにまっすぐ行っていたら、どうだったのだろう。 そのずっと先で事故があって渋滞していたのだろうか。 それとも、信号を2つほどこえたら後はスイスイ走ったのだろうか。 

 でも、そんなことよりも、こちらの道にはこちらの風景がある。 あらためて眺めてみれば、おもしろ看板があったり、おしゃれな店が並んでいたり。 かわいい犬がいる。 中古車屋がある ――なんだ、このクルマそんなに安くなっちゃうのか――。 桜の季節、みどりの季節。

 この景色は、この道を走らなければ見ることはできないのだ。 

・・・・・・・・・・

 あるいは、期待はずれの映画

 しかし、もう席を立って食事に行く時間ではない。 支払った映画代が惜しいというよりも、それを観ようと思った自分の決定が、惜しくなる。 それに、たいした 結末ではなさそうだが、やっぱりどうなるのかは気になるものだ。 足を組み替えて座りなおす。

・・・・・・・・・・

 願われなかった願いの結末は、確かめるすべもない。

 しかし今、私は常に仕事上の期限に追われている。 これだけは、うわさに聞くプロ漫画家の締め切りと同じように。 だがそれはうっかり者の神様の仕業なのか、それとも単なる偶然なのか、私にはわからない。

・・・・・・・・・・

 事故のないよう、捕まらぬよう。 駐車車両をよけ、右折待ちをかわし、さて、あのバスは強引に発車してくるだろうか。 近づいては過ぎる景色を見て、音楽を聴いて、いろんなことを考える。

 それにしても、この道はどこに続いているのだろう。 この先、また別のルートに変更することが、あるのだろうか。

 そして、私は、いつまで走るのだろう。

 ああ、そういえば、そろそろ点検の時期だ。

 

・LIST・

 

NOTES

長距離トラックのドライバー: [到着を待たれている]というのは、ロマンチックである。たとえ待たれているのが自分ではなくて積荷であることがわかっていても。
・・・>本文

建築設計士: 自分の設計した建物が具体的な形になるのは、エキサイティングである。たとえそれが自分のものでなくても。・・・>本文

医師: 正義の味方に見えた。が、もしかすると医学部では[解剖]が行われていると聞いたからかもしれない。「ものの中身が見てみたくてしかたがない」子供であった。・・・>本文

ラジオ: 道路交通情報は1667khz。・・・>本文

ボード: 道路に設置された、道路状況お知らせ用リモコン掲示板。管理はJH(日本道路公団)、国土交通省、警察など。縦割りの情報は不便なことが多い。

京都市内の主要交差点には小型電光掲示板が設置されていて、渋滞しやすい南北の通りの道路状況が流されている。しかしこれは読み方次第である。[ほぼ流れています]で、腰が痛くなるほどのノロノロから、まずまずの通り抜け状態までをカバーしているからだ。情報の判断は受け手責任、という教訓ものである。・・・>本文

カーナビ: カーナビ雑誌まで出るほど一般化したが、いまだに装備していない。・・・>本文

医院: もっともお世話になった内科・小児科の医師は、同級生の父上であった。その同級生も今は医院を継いでいる。・・・>本文

幸せ: 熱でぼーっとした頭で楳図かずおの恐怖シリーズなどを読むのは、そのあと夜中に怖くてスリリングであった。それでも読んでしまったのは、やはりビョーキだからであろう。

楳図かずおのマンガは、ざらざらした暗汚い色の紙に、細かいシワや影の線が見える大きさの、雑誌のページで鑑賞するのが正しい。文庫版になった作品は、絵の物理的な暗さがなくなっており、その分だけ怖くないのである。・・・>本文

真面目: 真面目なことと出来のいいこととは別問題。・・・>本文

映画: 映画館には行かずに、TV放送かレンタルで観る(はずれたときの経済的・精神的ダメージがこわいため)。 したがってこの話は一般論である。
・・・>本文

いつまで: 現実に走るという話なら、「やめておけばいいのに」と思われる状態になって人に迷惑をかけたくはない。自分で見極めをつけたいものだ。しかし、これは老人性痴呆の問題と同じで、本人に自覚がないのだろうから、どうしようもない。・・・>本文

 

・LIST・