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園芸哲学

 趣味は園芸。果樹の栽培。庭には、枝を広げたモモの大木が2本あった。

 朝早く、出勤前に薬剤散布。寒い時期の施肥。果実の袋かけは、休む間もない日曜日。岡山産の最高級品を買ったほうが安いかもしれない理不尽さ。でも、やめられない。

 モモの枝に囲まれて作業しながら、いろんなことを考える。

 摘果をする時。

 短い枝に1コ、長い枝なら2コ残す。果実の位置向き、袋のかけやすさ。成長の早すぎ、遅すぎはダメ。病気でなくても、虫食いでなくても。梅の実に似た、固くてまるい薄緑の玉をポロポロ落とす。

 剪定をする時。

 実がなっても手が届かない。来年伸びたら手が届かなくなる。他の枝の日照を妨げる。道路や隣家にはみ出す。そういう場合、たとえその枝が元気でも、たくさん実をつけられそうでも、切る。

 どちらも、「おまえはいらない」と宣告する作業だ。

 1日目には、ためらって、なかなか進まない。「残しておいても何とかなるかもしれない。せっかくこうして存在するのだから。」(それで虫を殺すのは平気なのか、などと言ってはいけない。私は虫ではなくモモを愛する。)

 2日目には、あきらめ。「おまえのせいではない。生まれた場所が、悪かったのだ。」まだ少し心は重い。

 3日目になると、割り切ってしまう。原則どおりの作業。そうしなければ、結局は共倒れだ。

 10年も経つと、作業は2日目の気分から始まる。プロなら常に3日目の平常心だろう。

 全体のために、個々の存在を調整する。そんなことを我々の祖先はずーっとやってきた。相手は植物。血や涙を流すことも、悲鳴があがることもない。始末したって平気だ。(虫だって殺すし。)

 その平気さが、メラニン色素みたいに沈着してきたのではないのか。

 はみ出し者は村社会の調和を乱す。出る杭は引っこ抜かれる。(「打たれる」のならまだまし。) 農耕民族は、けっこう残酷だ。

「うーん、コワイ。」大きな枝を落とすと、あたり全体が揺れる。

 でも。来年の枝、再来年のための枝。3年後から実をつける苗木。今日やったことの結果は来年出る。ダメならまた1年。報われることを願って、未来のために繰り返す単純な作業。

 我々の祖先はまた、希望を持って穏やかに見守ることを続けてきた。できる限りのことをして、天を仰ぐ。植物相手の人間は、もちろん辛抱強い。そして、たとえ倒れても、きっと立ち上がる。切られた枝から新しい枝が伸びるように。

「うん、よしよし。」内部の枝にまで陽の光がとどく。

 こんなことを考えさせてくれたモモの木も、2代目の若木になった。今年は雹(ヒョウ)で全滅したが、来年はきっと、おいしいモモがなる。

 花芽がふくらめば、もう花盛りの枝が見える。花が咲けば、たわわに実ったモモが見える。夢見ているから、続けられる。

 そんな気持ちが、やめられない。

 

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NOTES

モモの大木: 日曜大工センターで1本500円の苗を買った。品種はおそらく、白鳳。1本は植えてから13年、もう1本は16年目で実がならなくなった。実モモの寿命は15年ほどと言われる。ちなみに、モモの木の法定耐用年数は12年である。
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薬剤散布: 早朝におこなう。無風状態を必要とするのと、住宅街での栽培のため、「農薬」の使用をおおっぴらにしたくないためである。穿孔細菌病にストレプトマイシン、カビ系の病気にダコニールやベンレートなど、アブラムシ(ゴキブリではない)にオルトランと除虫菊製剤を散布する。参考書によれば年間十数回散布することになっているが、私は3回ほどしかおこなわない。 ・・・>本文

施肥: 肥料は油粕、鶏糞、骨粉、灰(枝や落ち葉を焼却炉で焼く)、野菜くず堆肥。
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袋かけ: 目的は主に病気の予防。虫害はあまり防げない。モモシンクイガ(幼虫)は袋に穴を開けて食い入るし、アケビノコノハ(夜蛾)は袋の上から刺して果汁を吸う。  袋は、閉じ口に針金の入った既製品。我が家のモモには「モモ用」袋では小さすぎるため、「ブドウ用」を使用。100枚で400〜500円。最盛期には900コほど袋かけをした。 ・・・>本文

安い: 例年、無傷の果実は袋かけ数の30%以下である。人件費を計算すると、自家製モモの単価は大変な金額になる。 ・・・>本文

枝に囲まれて: 高さ180cmほどの脚立に登った状態。団地にサルが出たときには、茂った枝の中で私がゴソゴソしていて、四駆ミニパトで出動したお巡りさんを一瞬身構えさせたものである。気を取り直したお巡りさんは「サルが出てますから、気をつけてください」と言って去って行った。 ・・・>本文

摘果: 咲いた花はほとんど全部受粉する。自然落果するまで待っていては、養分の無駄になる。まず花ガラ摘みをし、その後、袋かけまでに適正な数に整理する。残念ながら、摘果した実の利用はできない。 ・・・>本文

果実の位置: 結果枝が細いわりに果実は重い(標準350g)。果実が大きくなると枝がしなって垂れ下がるが、他の枝や幹に果実がぶつかるおそれがある位置は不可。・・・>本文

向き: モモの果実には合わせ目のような線がある。この向きが枝にそっている幼果を残すのが理想的である。成長したとき枝が実に食い込みにくい。
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剪定: 従来は冬季の作業とされていたが、最近の栽培方法では夏季剪定が主流である。冬に枝を切ると、そこから徒長枝が伸びるので、かえって困ることになる。・・・>本文

日照: モモの栽培では日照が重要である。常に陰になっている枝は、弱って葉が落ちる。また、日照が果実の糖度を左右する。 ・・・>本文

3年後: 実際には、3年目に収穫するモモの実はまだまだ貧弱である。梅や桜桃(チェリー)の結実までにはもっと年数が必要。 ・・・>本文

2代目: 品種は大久保。果皮の白い部分が、やや黄色みをおびている。見た目は白鳳のほうが美しい。 ・・・>本文

花盛り: 花盛りといえば「花咲か爺」の桜。善い爺さんが灰をまくと花が咲くというのは、リーズナブルだ。枝にまくのではないが、草木灰は成りもの栽培の肥料として大切である。 ・・・>本文

 

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