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3つの願い(T)

 小学生の頃、次の中から一つ望むとしたらしたら、あなたは何を選んだだろうか。

 1.テレパシーサイコキネシスのような超能力
 2.空を飛べる
 3.レーダーやX線と同等の超視力・超聴力
 4.全身が武器になっている
 5.想像を絶するパワー
 6.高温の炎を出す能力
 7.変身能力
 8.水中で自由に活動できる
 9.音速の3倍で動くことができる

 そう、『009』。このマンガを見て「こんな力があったら」と思った記憶のある人も多いだろう。しかし、私について言えば、これらは NO THANKS であった。どれも決め手に欠けるような気がした。

 あのマンガに出てくるもので私の欲しかったのは、夢も可愛げもない、しかもストーリーとは直接関係のないマイナーなものである。

 それは、頭蓋内にセットされた「記憶用人工頭脳」であった。キャラクターの解説図を見て、切実に「欲しい」と思った。理由は誰にでもわかってもらえるだろう。

 それから時は過ぎて、私もいちおう当世風に電脳を操るご身分となった。さすがに一千年の未来だ。ただし、自分の頭の中ではなくて(あたりまえ)、デスクに鎮座ましますFM-Vである。願いは半分だけかなった。

 「とにかく」パソコンを買ったのが14年前。コンピュータの勉強をするつもりだった。しかしそれは、すぐに別の仕事に取って代わられた。そしてその時から、コンピュータは目的ではなく道具となった。

 今では、文書を作り、計算をし、記録をし、通信をするための道具。時には楽しみのための道具。「記憶」用ではないから、正確に言えば願いがかなったのは半分の半分だ。

 だがいずれにせよ、コワイものを願ったものだ。

 なぜなら、パソコンは「何かすばらしいことができそうな」魔法のマシンではない。「真実を映す」冷酷なマシンとして機能するからである。

 これを使っていかに能率を上げられるか、どう役立てることができるか。個人の能力が映し出される。そして鏡に映った真実というのは、たいていは残酷である。その点では、白雪姫の継母にも、多少の同情が寄せられてよいだろう。

 たとえば、おサルさんや健さんに乗せられて、「簡単じゃねーか」のつもりでパソコンを買って後悔するおじさんたち。いったい何をするつもりだったのか。いくら重いとはいえ、漬け物石になるものでもない。使えなければ粗大ゴミ。企業においてはリストラと絡んで、いろいろと悲しい噂は多い。

 だが、もっとも悲しく、そしてコワイのは、自分の能力の限界が知れることだ。

 Apollo神とSibyl の昔より、神様は人間の願いを「文字通り」かなえてくれた。厳密に、願われたものだけが授けられ、願われなかったものは授けられない。そして、人間は常におマヌケであった。

 たしかに神様は私に電脳を与えてくれたが、それを高度に使いこなす能力を昔私は願ったのかどうか、今となっては覚えていない。

 いっそかなえられることのない、ほかの無邪気な願いの方が、よかったのかもしれない。 しかし、かなえられた願いは取り消すことができず、それゆえ私は今日も明日も、パソコンの前に座らねばならぬのである。

1996 年

 

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NOTES

テレパシー: 精神感応。人の思考を読み取ったり、人の頭の中に直接情報を送る能力。SFものの古典的アイテムである。 ・・・>本文

サイコキネシス: 観念動力。精神の力で物体を動かす能力。これもやはり古くからあるアイデア。 ・・・>本文

『009』: 故石ノ森章太郎(当時石森章太郎)『サイボーグ009』。主な登場人物001から009までの9人が、それぞれ上記1から9の改造能力を持っている。このマンガは手塚治虫の『鉄腕アトム』の次の世代になる。昭和39年(1964)から30年近くにわたって、断続的に様々な雑誌に連載・掲載された。1960年代と1970年代の2回TVアニメ化され、劇場用映画は3作品ある。 ・・・>本文

どれも決め手に欠ける この表現から、当時この問題についてまじめに考えたことがうかがわれる。 ・・・>本文

一千年: 「一千年の未来」参照のこと。 ・・・>本文

FM−V: 富士通のFM−V DESKPOWER。1996年現在、4台目のパソコンである。 ・・・>本文

ンピュータの勉強 プログラマー、SE等の仕事をして稼ごうと思った。
・・・>本文

白雪姫: 誰もが知っていそうなグリム童話の1つであるが、鈴木晶『グリム童話−−−メルヘンの深層』(講談社現代新書)を読んで、異なった角度から見てみるのもおもしろい。ここ数年、メルヘンに関するこの種の著作は多い。
・・・>本文

おサルさんや健さん: 「バザールでござーる」と高倉健のこと。それぞれNECと富士通のパソコンの広告キャラクターである。 ・・・>本文

Apollo神とSibyl: 女予言者Sibyl は Apollo に手に握った砂粒の数と同じだけの年の「寿命」を願い、これを授かったが、同時に「若さ」を願うことを忘れていた。そのため、年老いて体が縮み壺に入ってしまうほど小さくなっても、死ぬことができなかった。
・・・>本文

 

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