Back

青い鳥さがし



この秋、カラスウリのことを思い出して、どうしても欲しくなった。夏の宵、あの花を見てみたい。夕陽色のあの実を、もう一度見てみたい。

実を取って、種を蒔こう。だが、どこに生えているのか。

確かに我が家は山に近い。しかし、団地の西の果てにはコンクリート擁壁がそびえ、北のはずれは暗い杉の谷に急斜面で落ち込んでいる。カラスウリが生えそうにはない。

「うちの裏山にあるかもしれないよ。」 明るい山裾に住む友人が言った。

住人たちがつけた「けものみち」をたどって崖をのぼり、心地よい細道。ドングリがころころ、からっぽで転がる栗のイガは、めざとい人たちが拾ったあと。ハゼの葉が朱色に透き通り、ツタは微妙な色かげんで版画のよう、ヤマブドウの黒紫・・・いや、そうではなくて、私が欲しいのはカラスウリなのだ。

国道沿いの資材置き場、その奧の薮に赤い実が成っていたのを、何年も前に見た。その時欲しいと思って、それきり忘れていた。そういえば、そのあたりにはうっそうとした竹林があった。大雪が降った日、雪を載せた孟宗竹が一本、しなって円く輪になっていたのが、きれいだった。

しかし、それはどこだっただろう? 道路脇には、いつのまにかコンビニ、ファミレス、カーディーラーが並んでいた。

いつもの峠。見つけたら、少しくらい高くてもよじ登ってやる。景色を眺める観光客を装い、ゆっくりめに走る。朝陽をうけた雑木林の紅葉は濃く鮮やかで、山桜やヤマツツジが淡い春の姿など、他人のふりだ。その強く輝く色の中に、まぎれていないだろうか。

いつも真っ先に冬の霧が立ちのぼる谷。峠を過ぎて、いつも一番に霜が降りる谷。道が急に左に折れるその突き当たり、小さなカキの実が、しだれる枝にいつまでもぶら下がっている。次を右に回るところでは、細長い奇妙な葉が、毎年レモンイエローに色づく。しかし、長年走ってきたこの峠道で、カラスウリを見たことは、あったか?

ショッピングセンターの花屋。いつも待っていた小ぶりの白バラにも、用はない。何でもあるのに、欲しいものは欲しい時にはゼッタイにないのだ。

山間の高速道路を走りながら、いつの間にか朱赤の実を探している。たとえ見つかったとしても、どうしようもないのに。だが、もし見つけたら。ここにあるならきっとどこか他にもあるのだと、安心するだろうか。それとも、自分の手の届かないところにあることを悔しがるだろうか。

やがて師走が飛び去り、新しい年が雪で明けた。

その日、渋滞する国道をさけて、団地の北のはずれから裏道に出た。道は杉の谷にそって下り、鋭角気味に左折して細い橋を渡る。その手前で杉の林が途切れる。

あった。ガードレールの向こう、雪の中に、赤い実がつやつやと光っている。

家からたった300メートル。からかわれたような。しかし、その実を3コ取って、金の卵を手に入れた気分。いや、それよりももっと。その朱赤の卵には、夢が入っているのだから。

そうして、いつか黄砂が飛び、それを嵐が洗い落とし、プラムの花が咲いた。追いつかない速さで時が過ぎるのは哀しいけれど、それでも。 ――夏、早くやってこい。

 

・LIST・